「瞬。おまえ、何か俺にその……不満とか、直してほしいところはないか。俺の こういうところが気に入らないとか、気に障るとか。もちろん、俺は欠点だらけの人間だが、こう……特に改善してほしいと思っている点があれば、ぜひ それを教えてほしい」
二人が幼かった頃にはエニシダの木が茂っていた場所に ひとり佇んでいる瞬に、氷河が そう尋ねていったのは、彼が沙織の夢分析を真に受け、真面目に対応しようと考えていたからだった。
氷河には、自分が瞬に殺されても仕方のないようなことをしたとか、瞬が自分を殺したいほど憎んでいるとか、そういった解釈より、余程 受け入れやすいものだったのである。
あの夢が、欠点だらけの自分が瞬に見捨てられることを恐れるあまりに見た夢なのだという解釈は。

「氷河に欠点なんて……」
人の欠点よりも美点にこそ目を向け、もし人の欠点に気付いても それを あげつらい責めるようなことはしない瞬から、速やかに忌憚のない意見を手に入れられるとは、氷河も考えてはいなかった。
だが、ここで瞬から答えをもらえないことには話が進まず、氷河も次の行動に出ることができない。
答えをためらう瞬に、もちろん氷河は食い下がった。
「いや、あるだろう。俺は我儘だし、周囲に注意を払わない性癖があるし、だから人への思い遣りの気持ちも少ない。口ではクールクールと言いながら、その実 クールとは程遠いことばかりして、そのくせ すぐに投げ遣りになるし、どうやらマザコンらしいし」
「……」

なぜ氷河は突然そんなことを言い出したのかと問いたげな瞳で、瞬は氷河を見上げてきた。
今日の瞬は、優しげというより気弱げで、何事かを思い詰めたような目をしている――そう 氷河は思ったのである。
温かく明るい笑顔の瞬も可愛いが、瞬の こういう表情にも胸に迫るものがある――などと思う自分は、どこか倒錯的な男なのではないかと。
要するに何をしても可愛らしく見える瞬が、何やら思い詰めた目をして、可愛らしく ためらいがちに口を開く。
「僕は、氷河を我儘だとか 思い遣りの心が少ないなんて絶対に思わないけど、もし そうだとしても、氷河の全部をひっくるめて、僕は氷河が好きだよ」
そう言って、瞬は、なぜか 頬を上気させ、その顔を伏せてしまった。

それは、平生の氷河なら 派手に喜び浮かれていたかもしれない“答え”だった。
瞬は、どんな欠点があっても 白鳥座の聖闘士を好きでいると言ってくれているのだ。
それは、今の氷河にとっても喜ばしい答えだった。
喜ばしいことは 確かに喜ばしい。
だが、今の氷河は、現在の自分の欠点を把握し改善しなければ、自分の恋は決して実ることはなく、いずれ瞬に見捨てられてしまうだろうという考えに凝り固まっていたのだ。
とにかく瞬に愛想を尽かされ見捨てられる前に自己改善をしなければならないと、そればかりを考えていた。
瞬から自分の要改善点についての指摘をもらえないということは、今の氷河にとっては、白鳥座の聖闘士の恋の進展と成就を 瞬が妨げているということ――少なくとも積極的に望んではいないということを意味していたのだ。
「言葉にして指摘することもできないほど ひどいのか、俺は。もしかして、俺は既におまえに見放されているのか?」
「え……?」
「頼む、瞬。本当のことを言ってくれ。おまえはもう俺に愛想を尽かしているのか」
「あ……あの……」

『欠点があっても好きだ』と告げた言葉への反応が それ。
いったい氷河はどうしたのか、なぜ そこまでネガティブな思考になっているのかと、瞬が戸惑うことになったのは当然の成り行きだったろう。
「氷河……どうか……何かあったの……?」
「……」
訳を問うた瞬に、氷河が苦渋に満ちた眼差しを向けてくる。
「あの……氷河……?」
苦渋の中に憤りの色さえ混じっているような氷河の青い瞳。
その瞳に出会った瞬は たじろぎ、立っていた場所から一歩だけ あとずさった。
それが合図だったかのように、氷河が瞬の前で踵を返す。
氷河は、そして、そのまま、無言で瞬の前から立ち去っていった。

瞬は訳がわからず、その場に呆然と立ち尽くしていることしかできなかったのである。
時に星矢より楽観的思考に走る氷河とは異なり、瞬は あくまで慎重派。
瞬は、アテナの聖闘士らしく 希望を捨てることはしないが、その際にも最悪の場合を考えた上で希望を抱き続けるタイプの人間だった。
その性癖が、今日は悪い方に作用する。
氷河に置き去りにされた瞬の思考は、よくない方へ、よくない方へと流れ始めていた。






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