俺が次に瞬に会ったのは、半年のスランプから更に1年が経った春。
7、8年かけて卒業するつもりだった大学を、失恋のショックを忘れるために 仕事と学業に没頭したおかげで、俺は4年で卒業できてしまったんだが、その卒業式から少し経った春だった。
半年の苦悶スランプのあと、俺は、各メディア曰く“クールなのに不思議に温かく感じられるデザイン”で様々な方面で(自分で言うのも何だが)華々しい活躍をしていて――某美術館が俺の作品を一堂に集めた個展を開きたいと申し出てきたんだ。
卒業記念になるかと考えて、俺は気軽に 美術館側の申し出を受けた。
その個展に、瞬が来てくれたんだ。
1年半前、たった1週間 瞬につきまとっていた勘違い男の名を、瞬は憶えていてくれたらしい。

瞬は、相変わらず綺麗で可愛かった。
人の心を惹きつける、あの輝かしい魂も健在。
俺の作品のイメージの源はこれ・・だと、俺は他の来場者たちに叫んで知らせたい衝動にかられた。
俺の作品より瞬を見ろと。
俺が叫ぶまでもなく、瞬に気付いたらしい来場者たちは誰もが 瞬をやたらと気にしていたが。

もっとも、瞬が周囲の人間たちの注目を集めていたのは、瞬が 氷河と星矢、紫龍を引きつれていたせいもあったかもしれない。
瞬に恋していた時には瞬に夢中で気付かずにいたんだが、瞬たち4人は、個性は違うが揃いも揃って見事に美形ばかりで、しかも4人が4人共、輝く魂を持っていた。
形ばかりの男と思っていた氷河も、今見ると なぜか素晴らしい生気に輝いていて――ああ、そうだな。確かに いい男だ。
彼等を見ていると、瞬とはまた違った、それぞれに個性的な魂のこもった形のイメージが生まれ出てくる。

失恋の痛手は癒えていた。
瞬の姿を見ても、今はもう胸は痛まず、ただ懐かしい感懐だけが湧いてくる。
とはいえ、さすがに瞬に話しかけていく勇気は俺には持てなかったが。
広いフロアの片隅から瞬を見詰めている俺に気付いたのは星矢と紫龍で――氷河は瞬ばかり見ていた――彼等は瞬に悟られぬよう、俺のところに来てくれた。
そして、星矢は、なぜか俺に礼を言ってきた。
「あんたが刺激になったらしくて、あれからすぐに氷河が瞬に告白して、紆余曲折はあったんだけど、めでたしめでたしってことになってさ。にーちゃん様々だぜ。ここにあるの、みんな瞬みたいだけど、にーちゃん、大丈夫か」

さすがは輝く魂の持ち主。
デザインのデの字も知らないようなのに、感性は鋭い。そして、嘘をつけず、単刀直入。だが、悪気はない。
星矢は相変わらず、対峙する人間に即座に好意を抱かせる才に恵まれているようだった。
いや、そんなことはどうでもいい。
星矢は、今、何と言った?
氷河が瞬に告白して めでたしめでたし――と言わなかったか?

「めでたしめでたし――とは、どういうことだ。瞬は男の子だと言っていなかったか」
「男だよ。だから、氷河だって なかなか好きだって告白できずにいたんじゃないか。んなこと言って、瞬にヘンタイだって思われたくないから」
「告白も何も、瞬は……告白? なぜ、そんなことができるんだ」
「なぜって、氷河が瞬を好きだからだろ」
「いや、だから……瞬は男の子だと」
「そうだけど。何回言わせるんだよ」
「なのに、あの男はなぜ」
「だから、氷河は瞬が好きなんだって。好きだから、なりふり構わず 迫って迫って迫り倒して、OKの返事を手に入れたんだ」
「涙ぐましい努力だったな」

紫龍が星矢の話を総括する。
それは俺には、まったく有難くないまとめ・・・だった。
紫龍のまとめは、だが、星矢には感慨深い一言だったらしい。
星矢は、紫龍の その言に しみじみした様子で頷いた。
「瞬はノーマルだしなー。まあ、それを言えば、氷河も本来はノーマルなんだけど、惚れちまったもんは仕方ないよな。男だからって諦めるわけにもいかねーし」
――俺は諦めた。

『瞬は、どういうタイプが好きなんだ? 物ではなく、人間の話だが』
『どんな試練や障害に出会っても、希望を捨てず、諦めない人――かな』
すっかり忘れていた瞬とのやりとりを、俺は ふいに思い出した。
『瞬を好きだから』――その一念で 瞬を諦めなかった氷河は、確かに瞬の好きなタイプの人間なのかもしれない。
つまり、瞬は理想通りの恋人を手に入れた――ということになるのか。
そして、氷河も。

俺は覚悟が足りなかったのか?
俺の瞬への恋は、試練や障害に出会えば、それで簡単に諦められる程度のものだったということか?
氷河ほどには、俺は瞬を好きではなかったのか?
氷河ほどには、俺は瞬を必要としていなかったのか?
諦めたあとも 俺はあんなに苦しんだのに、俺の瞬への思いは氷河の足元にも及ばない軽いものだったということなのか?
だが、俺の常識では、あの恋は諦めるしかない恋だった――。

瞬を好きだから、瞬に好きだと告白し、瞬を手に入れた男の姿を、俺は呆然と視界に映すことになった。
氷河が 俺の腑抜けた視線に気付いたらしく――奴は わざとらしく瞬の腰に手をまわすと、腹が立つほど整った あの顔を微笑で僅かに崩してみせた。
氷河は、俺の欲しかったものを手に入れて、俺に勝ち誇ってみせているのだと、俺は思った。
だが、すぐに そうではないことに気付く。
氷河の目は、俺に感謝していた。
恋敵に勇気を与え、告白の決意を促してやった 愚かしいほど親切な男に、奴は。

嫌な男。
本当に、徹頭徹尾 嫌な男だ、奴は。
いっそ勝ち誇って得意がり、俺を嘲笑してくれればいのに、そうする親切心も持ち合わせていない。
だが――今更 氷河を責めたところで何にもならない。
俺が諦めたものを、奴は諦めなかった。
ただ それだけのことなんだ。

瞬は、俺のデザインした玄関用の照明器具を興味深そうに嬉しそうに見ていた。
帰宅した家人を迎え入れる やわらかく幸福な曲線でできた その姿、温かく優しい光の色。
それも瞬をイメージして作った形と色だ。
瞬は自分の姿を映したものを見るのに夢中で、そんな瞬を見詰めている俺に気付かない。

今からでも遅くはないのだろうかと、俺は一瞬 考えた。
今からでも――氷河の手から瞬を奪い取ることは可能だろうかと。
『そんなことしちゃ、だめだよ』
と、俺の中の瞬が 俺に忠告してくる。
『氷河の隣りで、僕は あんなに幸せそうだもの』
と。
俺の瞬の言う通りだった。

瞬を見詰める氷河の幸せそうな眼差し。
氷河の視線の中で幸せそうな瞬の横顔。
瞬の幸福を、俺の我儘で壊すわけにはいかない。
だが――。
あの時 諦めなければ、今 瞬の隣りにいるのは氷河ではなく俺だったかもしれない。
あの時 諦めなければ、氷河の今の幸福は俺のものだったのかもしれないんだ。
諦めた自分が悔しくて、諦めた自分に腹が立って、瞬の幸せそうな横顔が切なくて――。
俺は、俺の中にいる俺の瞬の優しさを確かめるように、静かに瞑目した。

そうして――だから、俺は心に決めたんだ。
次は諦めない。
絶対に諦めない。
俺は二度と諦めないと。






Fin.






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