窓の向こう側では、冷たい木枯らしが吹いているらしい。 春に芽吹き、夏に茂り、秋には鮮やかな衣替えをしてみせた庭の木々が、今は それらすべてを脱ぎ捨てて、冷たい風を受け その裸体を震わせている。 まとっては脱ぎ、脱いでは まとい――毎年 同じ営みを繰り返し、少しずつ高く大きく成長してきたニシキギの木。 “成長”という、確かな生の証がなかったら、庭の木々も、毎年 同じ行為を繰り返すばかりの自らの人生に空しさを感じることがあるのかもしれない。 まとっては脱ぎ、脱いでは まとい――同じことの繰り返し。 だが、今年のニシキギの木は、確実に 昨年の彼より ひとまわり大きくなっている。 命あるものは 木も人間も動物も すべて――実は、命あるものとはいえない 庭に転がっている石ころさえも――完全に去年と同じではない。 すべては 時の経過と共に変化する。 冬は、命あるものにとって、自らが ひとまわり大きくなるための試練の季節。 人が 高く飛ぶ前に 深く屈むように、変わるための 力を溜める季節。 瞬が ふいに、 「氷河が変わったような気がする……」 と呟いたのは、そんな季節が始まったばかりの ある日の午後。 城戸邸のラウンジ。 窓の向こうの木枯らしの光景が 額縁の中の絵のように感じられる、暖かい室内でのことだった。 「氷河が変わった? どこがだよ?」 「どこが――って……」 星矢に問い返された瞬は、仲間の返答に軽い落胆に似た戸惑いを覚えることになったのである。 では、星矢は、氷河の変化に気付いていないのか。 それとも、星矢の言う通りに 氷河は変わっていなくて、自分が気にしすぎているだけなのか。 そのどちらなのかを確かめるために、瞬は もう一度星矢に尋ねていった。 「変わってないと、星矢は思うの?」 自分の迂闊の可能性を考えたのか、星矢は一瞬 答えをためらった。 再考後、軽く顎をしゃくって、星矢が同じ答えを繰り返す。 「一見クールに見えるけど、それは単に奴が面倒くさがりで、愛想がなくて、乗りが悪いだけ。いつも通りだと思うけどなー」 「面倒くさがりで、愛想がなくて、乗りが悪いだけ――だなんて。もう少し別の言い方はないの」 「一言でいえば、似非クール」 別の言い方を求めはしても、瞬は『そうではない』と星矢の言を否定することまではしなかった。 それはつまり、氷河の そういう性癖を 瞬も認めざるを得ない部分があるということ。 それでも、別の言い方――『軽々しくない』とか『慎重である』とか、そういう言葉を用いてほしい。 そう思って、瞬は、星矢の身も蓋もない表現に 小さな溜め息をつくことになったのだった。 瞬の小さな溜め息が気に掛かったのか、紫龍が尋ねてくる。 「おまえは氷河が変わったと思っているのか? どう変わったと思うんだ」 「どう……って……」 問われて、瞬は答えに窮することになった。 いつも ふと顔をあげると視線が合うことが多かったのに、ここ一ヶ月ほど それがない――というのは、氷河が変わったことになるのだろうか。 氷河が以前のように自分を見てくれていないと思うことは。 氷河が変わったと思う瞬の根拠は、ただそれだけだった。 ただそれだけのことを堂々と主張することができなかった瞬は、瞬時 迷って、結局“別の言い方”をした。 「……周囲への関心が、以前より希薄になったっていうか、無関心になったっていうか――」 「もともと氷河は、関心のない物事を気に掛けることのない奴だからな。無視するというのではなく、本当に気に掛けない――視界に入らない。俺には、特段 氷河が変わったようには見受けられないが。星矢の言う通り、奴は昨日も今日も通常運転だ」 「紫龍も、氷河は変わっていないと思うの……」 だが、自分は変わったと思う――氷河が変わったことを知っているのだ。 もし、星矢や紫龍の言う通り、氷河が変わっていないのだとすれば、変わったのは氷河ではなく自分の方――氷河にとっての“瞬”の方――だということになる。 以前の氷河は“瞬”に関心を抱いていて、しばしば“瞬”を見詰めていたが、今の氷河は“瞬”への関心を失い、その姿を追うことをしなくなった――ということ。 そう考えなければならないということは、瞬には全く楽しいことではなかった――むしろ、ひどく寂しいことだった。 とはいえ、氷河は 瞬と目が合うことがなくなっただけで、瞬に対する態度が変わったわけではなかった。 氷河は 瞬に対して 特に冷淡になったわけでもないし、殊更 瞬を無視するようになったわけでもない。 氷河は変わっていない。 氷河が 大切な仲間の一人として自分に接してくれていることは、瞬にもわかっていたのである。 だが――。 『氷河が変わった』という“感じ”が錯覚でなかったことを 瞬が確信したのは、それから数日後の夜のことだった。 |