忽然と、俺のベッドから姿を消してしまった瞬。
奇跡のような歓喜と快楽、幸福感を俺の中に残し、また俺の前から消えてしまった瞬。
だが、俺は さほど悲観はしていなかった。
そう遠くない未来に――せいぜい2、3日後には 瞬はまた俺に会いに来てくれると、俺は信じていたんだ。
瞬は俺と寝たんだぞ。
そして、互いに あれほどの満足感を味わった。
俺がもし瞬が暮らす家に続く道を知っていたら、俺は、半日経たないうちに、もう一度 瞬を この胸に抱きしめるために、その道を駆け出していただろう。

俺と瞬は、これまでとは違う別れ方をした。
こういう言い方が適切かどうかは知らないが、俺たちはもう他人じゃない。
恋人同士と呼んでいいものだと、俺は信じていた。
『氷河は今、幸せ?』
『うん』
『よかった』
それだけで別れたガキの時とは違う。
瞬は、最悪でも、俺の許に『責任をとれ』と捻じ込んでくるくらいのことはしてくれるだろうと、俺は思っていたんだ。
そんなことになったら、俺はもちろん潔く責任をとる。
そして、もう一度――いっそ、毎日、一生――瞬を抱いてやろうと、悠長にも俺は そんなとを考えていた。

だが、瞬は、俺の許にやってこなかった。
半日どころか、2、3日どころか、5日、6日、10日が過ぎても。
さほどの時間を置かない瞬との再会と、もう一度 瞬の中に沈み込んで あの歓喜を味わえることを期待していた俺は、瞬が一向に俺の前に姿を現わさないことに苛立ち、焦り、腹を立て――やがて、俺の期待は不安へと変化していった。
熱烈な恋に身を焼く者にとって、恋人に会えない時間は実際の10倍も100倍も長く感じられるものだ。
半日は1年、2、3日は10年、10日間は100年。
瞬に会えずにいる時間が100年になる頃には、俺は不安と絶望と自暴自棄の間の行きつ戻りつを10万回も繰り返し、ほとんど腑抜けになっていた。

大学に行くか行かないかなんて、どうでもいい。
瞬を抱いて過ごせるなら、他のことはどうでもいい。
やわらかくて、温かくて、俺のために しなり、喘ぎ、涙を流して歓喜する瞬を、もう一度 この目で見たい。
いや、抱けなくてもいい。
触れることができなくてもいい。
ただ俺の側にいてほしい。
いつも涙で潤んでいるような あの瞳を見ていたい。あの瞳に見詰められていたい。
なぜ瞬は俺に会いに来てくれないんだ。
俺を受けとめ、絡みつき、繰り返し俺の名を呼びながら、幾度も『いい』と喘いていた瞬。
瞬はもう一度 あの幸福な時を二人で作り出そうとは思わないのか――。

欲望がたぎっているのに、枯れた老人のように――俺は瞬のいない時間を過ごした。
ノヴォシヒビルスクから帰ってきたマーマは、俺が自分の進路のことで悩んでいるのだと思ったらしく、あれこれと気遣いの言葉を投げてくれたが、俺は彼女に作り笑いを返すことしかできなかった。
もう瞬でなければ駄目だ。
瞬に会えない時間の中で、俺にわかったのは ただそれだけだった。






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