この展開に、争いの女神エリスが大喜びしたのは言うまでもありません。 エリスは、地味に(?)ヒュペルボレイオスとエティオピア二国間の戦争だけを望んでいたのに、いまやギリシャの至るところで、毎日のように、瞬受け氷河攻め派と 氷河受け瞬攻め派の二つの陣営が大舌戦を繰り広げているのです。 夫婦が対立し合い、親子が対立し合い、兄弟が対立し合って、毎日 朝から晩まで、『氷河王子が受けだ』『いや、瞬王子こそが受けだ』と言い争っているのです。 今や、北から南まで、西から東まで、至るところに争いが満ち満ちている地上世界。 エリスは、それこそ世界の支配者になった気分でした。 エリスが毎日 上機嫌なので、エリスの神殿の中も毎日が明るく平和。 エリスの亡霊聖闘士たちは、ついに訪れた平和の日々を、もちろん とても喜びました。 「それにしても……二人の王子の どっちが受けで、どっちが攻めか? そんななことで、人間たちは毎日 至るところで喧嘩をしているのか。なんつー低次元な争いだ」 「いや、しかし、それは その世界では何より重要なことらしいぞ」 「その世界とは何だ? どこのことだ」 「それはまあ、やおいとか、BLとか……」 なぜか妙に事情通の魔矢の説明を受けて、他の4人の亡霊聖闘士たちは思い切り顔を歪めることになりました。 実は彼等は割りと女好きだったのです。 「何はともあれ、大きな争い事が起きて本当によかった。ここのところずっと エリス様は機嫌がいいし、エリス様が幸せそうにしていると、我等も嬉しい」 「まったくだ。毎日エリス様の笑顔を見ていられるなんて、こんな嬉しいことはない。こんなことは かつてなかった事態だ」 「氷河王子と瞬王子には感謝せねばならんな」 「うむ。いっそ感謝状でも贈ってやるか」 亡霊聖闘士たちは、いつも(特に平時には)エリスのヒステリーの標的にされ、辛酸を舐めさせられていました。 けれど、彼等は決してエリスを嫌ったり憎んだりしてはいなかったのです。 エリスは、争いの女神として、自分の職務に忠実なだけ。 そして、これが何より重要なことですが、エリスは確かに世界のあちこちに争いの種を撒き散らし 争いを引き起こしていましたが、彼女は自ら望んで 争いの女神に生まれたわけではないのです。 そのことを、エリスの亡霊聖闘士たちは皆 わかっていました。 「とにかく、無事に 地上は騒乱の巷と化し、人々は日々 争いを続けている。当分の間、エリス様はご機嫌。俺たちも これからしばらくは平穏な日々を過ごせるだろう」 地上世界に争いが満ちている時が、亡霊聖闘士たちの平和の時。 人によって価値観が違い、正義の内容が違うように、もしかしたら“平和”の意味も 人によって違うものなのかもしれません。 つらく長い時を耐え抜いた後、ついに訪れた平和の日々を、エリスの亡霊聖闘士たちは それからしばらく思い切り楽しんだということです。 本当によかったですね。 え? それで結局、氷河王子と瞬王子の どちらが受けで、どちらが攻めなのかって? このお話は、エリスの亡霊聖闘士たちが苦労の末に幸せの日々を掴んだことを物語る物語なので、それはどうでもいいことなんですよ。 Fin.
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