もしかしたらアテナは、氷河以上に双子神の動向に注意を払っていたのかもしれなかった。 アテナはいったい いつからそこにいて、どこから話を聞いていたのかと訝る以前の問題で――彼女は すべてを承知しているようだった。 そのアテナが、呆れたような声で、 「そんな魂胆だったなんて……。そんなものは探しても無駄です」 と、冥府の王の従神たちに告げる。 「無駄とは――それが、我々には見付けられない場所にあるということですか。あるのですね」 「ええ」 詰まらぬ人間の相手はともかく、アテナの相手をタナトスに任せるわけにはいかないということなのか、それまで ほぼ無言で氷河とタナトスのやりとりを聞いていたヒュプノスが アテナに そう尋ね、そんなヒュプノスにアテナが頷く。 「沙織さん…… !? 」 それは氷河には――おそらく瞬にも――思いがけないことだったので、アテナの返答にアテナの聖闘士たちは驚き、その瞳を見開くことになったのである。 アテナは、彼女の聖闘士たちに やわらかい微笑を投げかけ、そうしてから すぐにハーデスの従神たちの方に向き直った。 「でも、すぐ目の前にあるのに気付かないのでは、探しても無駄でしょう」 「目の前?」 タナトスとヒュプノスが初めて同時に、同じ言葉を口にする。 訳がわからないというような顔になった二柱の神に、沙織は 唇の端を軽く持ち上げることで、その通りだと告げた。 「それは、瞬の中にあるの。瞬の心は、瞬が罪だと思うものでいっぱい。けれど、それは汚れを溜め込んでいるわけではない。瞬の心は、汚れを浄化し昇華する力を備えているのよ」 「なに?」 「瞬に限らず、人間は皆、その力を持っている。瞬は、自分の罪や汚れを実際より はるかに大きいものとして感じる性向が強くて、その上 永遠と言っていいほどいつまでも悔い続けるから、浄化する力も強く大きいだけ」 「自分の内で 罪や汚れを浄化する !? それがアンドロメダの清らかさだと、あなたは言うのか? それは ただのごまかし、身勝手な正当化、自己欺瞞ではないか!」 ヒュプノスがそう反論してくるのだろうことを、アテナは最初からわかっていたようだった。 動じた様子もなく、彼女は彼女の言葉を続けた。 「人は自らの過ちを悔いて、正すことをするのです。自らの過ちを決して認めることをしない あなた方には理解できないことかもしれないけれど」 「我々は過ちなど犯さぬ。我々は 愚かな人間ではないのだから」 「では、あなた方は あなた方の探し物を 永遠に見付けだすことはできないでしょう。冥界にお帰りなさい」 「本当に存在しないのか。アンドロメダの汚れを引き受ける器は」 「あると言ったでしょう。瞬の心の中に。だから、あなた方が瞬を汚そうとしても、それは無駄なことです。冥界にお帰りなさい」 「アテナ。あなたは どうあっても再び聖戦を始めるつもりなのか!」 ヒュプノスの声が苛立ちを増す。 それはアテナの急所を突いた訴えだったはずなのに、アテナの声は、ヒュプノスとは逆に 落ち着きを増していった。 「戦いは避けたいわ。でも、あなた方が あなた方の真の目的が何なのかを言わない限り、私は あなた方の提案を信じることはできません」 「真の目的……?」 アテナのその言葉に先に反応を示したのは 彼女の聖闘士たちの方だった。 ハーデスの従神たちは 「では、戦場で相まみえましょう」 金銀の神は よほど その件に触れたくなかったらしい。 『では、戦場で』――その言葉を言い終える前に、二柱の神の姿は城戸邸の庭から――地上世界から――消えてしまっていた。 それが本当に一瞬の出来事だったので――金銀の神の行動が あまりに迅速だったので――氷河と瞬は、その場で ほとんど呆けることになってしまったのである。 何とか気を取り直した氷河が、二柱の神の“真の目的”は何だったのかと沙織に問うたのだが、沙織は、 「彼等は、ハーデスの許可を得ずに、ハーデスの大切なものを消し去ろうとしていたのよ。おそらく、独断専行をハーデスに責められることを恐れて、冥界に逃げ帰ったのでしょう」 という曖昧な答えを返してきただけだった。 「今はまだ、あなた方は あなた方が その手で掴んだ平和の時を楽しんでいていいの」 厳しい優しさをたたえた眼差しで、アンドロメダ座の聖闘士と白鳥座の聖闘士を見詰めながら。 おそらくそうであろうと彼女が思っている答えに まだ確信を持てずにいるからなのか、あるいは、それはまだアテナの聖闘士たちに知らせるべきことではないと考えているからなのか。 氷河と瞬は、沙織が語ろうとしないことを 無理に聞き出そうとはしなかった。 彼等は、アテナとアテナの判断を信じていたし、アテナが自分たちを信じてくれていることも信じていたから。 それは、彼女が語るべき時が来たと思った時に語ってくれればいい。 その時が訪れなかったら、永遠に語られなくてもいい。 そう思ってしまえるほどに――アテナの聖闘士たちは彼等の女神を信じていた。 |