愛の魔法






指先に火を灯したり、一瞬でグラスの水を凍らせたり、まだ蕾のままの花を開かせたり、本のページを手を使わずに めくったり――誰もが そんな力を持っている国。
誰もが魔法を使えるので、不思議なことなど何ひとつない国。
ノーワンダーランドは魔法使いの国でした。

そこでは、強大な力を持つ魔法使いになると、一瞬で大きな森を炎で包んだり、大きな湖を凍りつかせたり、大きな河を逆流させたり、大地を震わせたりすることもできるのです。
もちろん、そんな大掛かりな魔法を使えるのは、ごく一握りの特別な者たちだけでしたけれどね。
ちなみに、魔法というのは、何もないところに物を生んだり、手を使わずに物を動かしたり、物の形や性質を変化させたりする力のこと。
自然のままにしておいたら 決して そんなことにならない事象を実現させる力のことです。
皆さんが学校で習う物理や化学の法則を逸脱した力のことですよ。

その国では、赤ちゃんでも魔法を使えます。
時々 とても強い力を持つ赤ちゃんがいて、おなかが空いてミルクを飲みたい時に、欲望のまま ミルクの雨を降らせたりすることもありました。
大抵は、両親の方が赤ちゃんより強い魔法を使えるので、赤ちゃんがミルクの洪水で溺れたりすることは まずありませんでしたけれどね。
そして、そんな赤ちゃんもミルクの雨を降らせると お父さんやお母さんに叱られることを知るにつれ――理性というものを養うにつれ――そんな力を使わなくなる――使えなくなるのですが。

ノーワンダーランドでは、強力で有益な魔法を使えれば使えるほど、高い身分に就くことができる決まりになっていました。
たとえ お父さんが強力な魔法を使える大貴族だったとしても、その息子が ささやかな魔法しか使えかったなら、彼は貴族の地位を追われることになります。
力が弱い魔法使いは、自然に没落していくのです。
強く有益な魔法を使うことができるのは、優れた才能を有し、経験と学習で その才能を磨いた者たち。
つまり、才能と向上心を有する者たち。
そういう者たちが高い身分、高い地位に就くことになるのは当然のことです。

ちなみに、魔法使いしかいない魔法使いの国では、お金や宝石を作る力は、あまり優れた魔法とは認められません。
お金や宝石に全く価値がないわけではありませんでしたが、お金で家や食べ物を買ったりするよりは、魔法で家を建てたり 食べ物を出したりする方が手っ取り早くて楽ちんですからね。
ノーワンダーランドで 最も強く優れた魔法使いと見なされるのは、自然――大自然を操る力を持つ者です。
日照りが続く季節に雨を降らせたり、逆に いつまでも止まない雨を止ませたり、凍える冬の日に雲を立ち去らせて暖かい陽光が大地に降り注ぐようにしたり、乾いた土地に泉を作ったりする力。
そういう力は、たくさんの人に恵みをもたらし、時に人々の命を救ったりすることもありますから。
でも、そんな魔法を使える魔法使いは ごく少数。
とても長く生きて、幸運にも 多くの貴重な経験を積むことができた長老と呼ばれる人たちくらいのもの。
大抵の国民は、道具を用いずに 小さな炎を生んだり、手を使わずに あまり重くない物を動かしたりして、自分や自分の家族の生活を ほんのちょっと便利にできる魔法を使えるくらい。
ですが、その程度の魔法を使えない者はいない国。
それが、魔法使いの国・ノーワンダーランドでした。

そんなノーワンダーランドにも王家があり、王様がいます。
昔々、ノーワンダーランドは 異世界からやってきた巨人や怪物たちの襲撃を受けたことがあったのですが、その時 強大な魔法の力で侵略者たちを撃退した英雄が選ばれて王になり、その子孫が数百年の長きに渡って この国を治めていました。
でも、もちろん、王にふさわしい魔法を使えない者が その地位を追われるのは、王家も貴族も同じ。
その英雄の子孫たちが 強く有益な魔法を使えない無能な魔法使いでしかなくなると、その王家はノーワンダーランドを治める王でいることができなくなりました。
王家の交代が行われるのは、ノーワンダーランドに大きな事件や問題が起こり、国王が その事件や問題を解決できないとわかった時。
その事件や問題を解決する力を持った魔法使いが、ノーワンダーランドの新しい王に選ばれるのです。
ノーワンダーランドでは、300年に1度くらい、そういうことがありました。

現在のノーワンダーランドの王室は、ノーワンダーランドで最初の王が立った時から数えて10番目の第10王朝。
既に500年の長きに渡ってノーワンダーランドを治めてきた、歴史ある王室です。
現国王は、水や氷を操る魔法に秀でた魔法使いであるところのカミュ国王。
500年もの間、王室の交代が起こらなかったということは、つまり、500年間 王室が交代しなければならないような事件が起こらなかったということで、その間ずっと ノーワンダーランドでは平和の時が続いてきたということです。

ところが。
平和だったノーワンダーランドに、今、桁違いに強大な力を持つ者たちが現われていました。
いわゆる、奇跡の世代と呼ばれる若者たちです。
ノーワンダーランドの現国王カミュは、そんなふうな強大な力を持つ者たちの出現を複雑な思いで見詰めていました。
カミュ国王自身も偉大な魔法使いではあったのですけれど、奇跡の世代と呼ばれる者たちの力は、現国王が持つ力を軽く凌駕するものと言われていたのです。
もちろん、カミュ国王は、何か大事件が起こって、その事件を自分の力で解決することができなかったなら、その時には潔く王位を その地位にふさわしい者に譲るつもりでした。
それが この国の決まりですし、決まりは守られなければなりませんからね。
ですが、何百年も続いた王家、できることなら自分の血縁の者に王位を継がせたいと考えるのは、人として ごく普通の感情で希望というものです。

カミュ国王がノーワンダーランドの王位を継がせたいと思っている王子は、カミュ国王の息子ではなく 先代国王の息子で、カミュ国王には甥っ子に当たり、お名前を氷河王子といいました。
氷河王子は、歴代の国王と比べても、王位を継ぐのに何の問題もないレベルの魔法を使える王子様。
奇跡の世代と呼ばれる魔法使いたちのことさえなければ、氷河王子の即位は 極めて順当なものだったでしょう。
なのに、奇跡の世代と呼ばれている魔法使いたちについての噂を聞く限りでは、彼等の持つ力は どう考えても氷河王子以上。
氷河王子は、奇跡の世代と呼ばれる魔法使いたちと同年代なのですが、氷河王子自身は奇跡の世代の魔法使いではなく、こんな言い方は何ですが、旧世代の魔法使いにすぎなかったのです。

氷河王子が奇跡の世代の魔法使いだったなら、どんなによかったか。
もしそうだったなら、今すぐにでも 自分は王位を可愛い甥っ子に譲っていたのに。
それが、カミュ国王の苦悩の種でした。
せつは守らなければならない。
けれど、甥っ子は可愛い。
水と氷の魔術師と呼ばれるカミュ国王ですが、だからといって その心までが氷のように冷徹なわけではありません。
その点は、王様だろうが、偉大な魔法使いだろうが、一介の庶民だろうが、大した違いはないのです。

ところが、そんなふうに カミュ国王を苦悩させている氷河王子は、実はカミュ国王の苦悩も知らず、奇跡の世代と呼ばれる者たちの出現を大歓迎していたのです。
実力主義、大いに結構。
彼は、ずっと以前から、王子様なんて堅苦しい身分とは さっさと おさらばして、自由になりたいと思っていたのです。
氷河王子自身は、長くノーワンダーランドを治めてきた第10王朝の王子にふさわしく、使える者がほとんどいない冷却系の魔法が得意で、王子でなくなっても大貴族の身分くらいは保障されていたので、その方が断然いいと思っていたのです。
貴族は、国王と違って、詰まらない行事への出席を強要されることもなく、国と国民全体に対する重い責任を負わされることもありません。
自分の裁量で、自分の気に入った者たちだけを 魔法の力で助けてやっていればいいのです。
ほどほどの権力と自由。
それが何より。
氷河王子にとって、奇跡の世代の魔法使いたちの出現は、まさに渡りに船。
氷河王子は、奇跡の世代と呼ばれている者たちの中の誰かが ノーワンダーランドの国王になってくれたら万々歳という気持ちでいたのでした。

ところで、ノーワンダーランドで奇跡の世代と呼ばれている魔法使いは、今のところ 三人いました。
彼等は、まだ10代の少年なのに、普通なら100歳くらいまで歳を重ねて やっと使えるようになるような強大な魔法を いとも簡単に使いこなしてしまうのです。
その力が認められて、彼等は1年ほど前から貴族の身分に叙せられていました。

奇跡の世代、一人目の魔法使いの名は一輝。
炎の魔法が得意で、彼は おそらく そうしようと思えば、ノーワンダーランド全体を炎で包むこともできたでしょう。
そんなことをしても誰も喜びませんから、彼は そんなことはしませんでしたけれどね。
彼の力を一躍 有名にしたのは、2年前。
ノーワンダーランドの穀倉地帯に巨大な隕石が落下することが わかった時でした。
彼はその隕石が地表に落下する前に、彼の炎で巨大隕石を燃やし尽くしてしまったのです。
もし奇跡の世代と呼ばれる者たちの中の誰かが 新しい王室を開くことになったら、彼が その最有力候補だろうと噂されていました。

奇跡の世代、二人目の魔法使いの名は紫龍。
水の魔法が得意で、彼は おそらく そうしようと思えば、ノーワンダーランド全体を海の水で完全に覆ってしまうこともできたでしょう。
そんなことをしても誰も喜びませんから、彼は そんなことはしませんでしたけれどね。
彼は、乾いた土地に泉を作ったり 川を通したりして、農地を広げ 人の住める場所を増やして、多くの人々に感謝されていました。

奇跡の世代、三人目の魔法使いの名は星矢。
力の魔法が得意で、彼は おそらく そうしようと思えば、ノーワンダーランドで いちばん高くいちばん大きな山を別の場所に移動させてしまうこともできたでしょう。
そんなことをしても誰も喜びませんから、彼は そんなことはしませんでしたけれどね。
彼は、険しい山を削って道を通したり、山崩れや雪崩が起きた時に 大量の土砂や雪を一瞬で片付けたりして、主に災害時の人命救助や土木工事関係の仕事で、人々に貢献していました。

そんなふうに、多くの人々の生活を豊かにし、時には人々の命を救ってきた奇跡の世代の魔法使いたち。
彼等はノーワンダーランドの国民から大層尊敬され、感謝されてもいました。
けれど、彼等の出現は、同時に、不吉な事件や災害の起こる前兆なのではないかと疑われてもいたのです。
彼等の持つ力が特別に強いので、これは 神が彼等に何かを求めているのではないか、現在の王室では解決できない困難がノーワンダーランドを襲う前触れなのではないかと考えられていたのです。






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