瞬はハーデスが嫌いだった。 もちろん、彼には彼の正義があり、理想があり、希望があったのだろうとは思う。 彼が“かくあるべき”と思う世界、彼が最も美しいと考える世界の姿。 それが、現に人間が営んでいる世界や 人間が“かくあるべき”と思う世界とは相容れなかったというだけのことで、一概に 彼を邪悪・不正義と決めつけることはできない。 そもそも、ハーデスは 神としての彼の価値観に基づいて行動し、瞬は人間の価値観をもってしか 彼の行動を評価できないのだ。 彼の理想とする世界の実現のために、多くの人間が――冥闘士を含む多くの人間が――命を落としたことについても、瞬はハーデスを責める理由にはなり得ないと考えていた。 ただ、悲しい事実だと思うだけで。 冥闘士たちは自分の意思でハーデスに従い戦ったのであるし、彼等を直接 倒したのは他ならぬアテナの聖闘士たちなのだ。 『相容れなかった』 ハーデスと自分(人間)の間にあったのは、ただ それだけの現実、ただ それだけの状況。 そう、瞬は思っていた。 瞬はハーデスを憎んでいるわけではない。 ただ、嫌いなだけだった。 ハーデスに会うまで、瞬は“嫌い”という感情を知らなかった。 言葉として知ってはいたが、自身の感情として実感したことはない。 だが、瞬は、ハーデスに出会い、彼を“嫌い”と感じることで、それが実際にどういう感情であるのかを知ることになったのである。 瞬は、ハーデスと大差ないことをしたポセイドンを“嫌い”ではなかった。 だが、ハーデスは“嫌い”だった。 彼が、アンドロメダ座の聖闘士を“地上で最も清らかな魂の持ち主”と決めつけてくれたから。 それが、瞬には迷惑この上ないことだったのである。 ハーデスの その決めつけのせいで、氷河が瞬との間に距離を置くようになってしまったから。 |