星の界、人の界






19世紀に入って3年。
第2次マラーター戦争で帝国の首都デリーはイギリス軍に占領され、ムガール帝国は完全にイギリスの手に落ちた。
帝国は分裂、イギリスは従順な地方をイギリスの保護国として、それぞれに王を戴くことを許し、その王をイギリスに従わせることで、ムガール帝国――むしろ、インドというべきか――の間接的支配を開始した。
今、インドはイギリスの支配下にある。
そのイギリス支配下のインドで、各地に置かれた小国家を“藩王国”、その藩王国の王をマハラジャと呼ぶんだとか。
マハラジャというのは、サンスクリット語で“強大な王”という意味らしい。
イギリスに言いなりになっている王の呼び名が“強大な王”というのは 実に皮肉な話だと 俺は思うんだが、はたして当のマハラジャたちは そんな自分の立場や境遇をどう思っているのやら。
まあ、そんなことを俺が考えても何にもならないわけだが。

ともかく、そんなこんなで、宗主国イギリスに自治を許してもらっている、インドの幾つもの藩王国。
その中で、街が赤い城壁に囲まれ レンガ色に近いピンク色の壁を持つ建物が数多くあるために、イギリス人たちに“ピンク・シティー”と呼ばれている藩王国がジャイプルだ。

俺が“ピンク・シティー”ことジャイプルの街に入ったのは、インドが完全にイギリスの手に落ちてから2年が経った、ある晴れた夏の日。
“ピンク・シティー”の名の由来である赤い城壁は、旅行中のイギリス士官という触れ込みの俺の前に 速やかに その門を開き、それはマハラジャの居城であるシティ・パレスの門も同様だった。
ジャイプルのマハラジャは、イギリスに税金を納めることによって、王国の自治権を認められているからな。
それが 兵を率いているわけでもない一介の旅行者であっても、宗主国イギリスの軍人となれば、マハラジャは俺に 無条件で国の門を開かなければならない――ということなんだろう。
それほどに――インドの各藩王国に対するイギリスとイギリス人の支配力は強大にして絶対というわけだ。

とはいえ――イギリスに自治権を許されている、いわば傀儡の王にすぎなくとも、藩王国内におけるマハラジャの権威権力は絶大。
マハラジャの居城シティ・パレスは実に壮麗な建物だった。
広大な庭園、ピンク色の壁や門には レース編みのような細かい細工が施され、王宮の中には大小いくつもの広間や無数の部屋があり、各部屋は それぞれに趣向を凝らした意匠の金銀宝石で飾られている。
凝った刺繍が施された幕。
複雑な模様が織り込まれた絨毯。
欧州に運んだなら金満家のコレクターたちが金に糸目をつけず手に入れようとするだろう美しい陶磁器の壺や花瓶が、路傍の石ころのような気軽さで そこここに置かれている。
イギリス本国の貴族の城など足元にも及ばない絢爛豪華。
これほどの贅沢を当然のこととして享受しているマハラジャが、彼より はるかに慎ましい生活を送っているイギリス国民の下僕にすぎないとは奇妙なことだが、それは厳然たる事実だ。

俺がマハラジャに会うことができたのも、俺がイギリス人という触れ込みでジャイプルに入り、この国の王に面会を望んだからなんだろう。
望まれなければ会う必要はないが、望まれたからには会わなければならない。
相手がイギリス人だから。
それがインドの――強大な王マハラジャの現状にして内実というわけだ。
インドにやってくるイギリス人は多いが、マハラジャに面会を求める者など滅多にいないだろうから、もしかしたら、俺は、本国から密命を帯びてやってきた特別な人物と思われたのかもしれない。






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