「え……」
「おまえは、俺が知る限り、生きている人間の中で最も優しく、強く、美しく、俺のことをわかってくれている人間だ。この世には もしかしたら おまえ以上の女もいるのかもしれないと考えて、無駄な足掻きをしてみたが、それは やはり徒労だった」
「ひょ……氷河……」
「俺はおまえが好きだ。おまえこそが、俺の完璧な恋の相手。おまえなしでは、俺は幸せになれない」
「あ……でも、あの……」
「俺は幸せになりたいんだ。おまえと」
「ぼ……僕……?」

それは、瞬には突然すぎる告白だったろう。
命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間からの――それも同性の仲間からの――恋の告白というだけでも あり得ないことなのに、その同性の仲間は 数ヶ月前から今日の この日まで、完璧な恋の実現を夢見て 次から次と女を渡り歩いてきた、(ある意味)不誠実な男。
瞬は、それでも その不誠実な男の夢が叶うことを願っていた。
そんな男に 急に、『俺の完璧な恋の相手はおまえだ』と言われても、瞬には驚き戸惑うことしかできないだろう。
実際 瞬は、突然の氷河の方向転換に驚き、彼の告白に答えを返すこともできずにいるようだった。
瞳を大きく見開き、それから落ち着かない様子で 幾度も瞬きを繰り返している。

それも当然のこと。
同性からの恋の告白に、常識人の瞬が どんな答えを返せるというのだ――と、星矢は思ったのである。
とはいえ、仲間の幸せに寄与できる自分になりたいと望んでいた瞬には、氷河を冷たく突き放すような返事をすることはできない。
だが、『YES』と答えることは なおさらできない(はずである)。
答えに窮している瞬に助け舟を出すつもりで、星矢は二人の間に割って入っていった。

「お……おい、氷河。それって、要するに、おまえ、最初から瞬を好きだったってことなのか?」
「ああ、そうだったらしい。漫画家の彼女は、瞬との恋が上手くいったという報告を聞けるようになるまで会うのはやめようと言って、俺を励ましてくれたんだ。今度 会う時は、俺と瞬と彼女の三人で会おうと。俺に勇気をくれた彼女の期待に応えるためにも、俺は何としても瞬と――」
「何が勇気をくれただよ! その びーえるの女って、もしかしなくても、漫画のネタ探しで おまえに会いたいって言ってきただけなんじゃないのか !? 」
「それなら それで一向に構わないぞ。おかげで俺は勇気を持つことができた。こうして自分の心に正直になることができたんだからな」
「なーにが、勇気で正直だよ! それで常識 捨ててたら、話になんねーだろ!」

星矢は、氷河の言い草に頭痛を覚え始めていたのである。
BLの彼女が、漫画のネタを求めて氷河にデートを申し込んできたのは、まず間違いのないところである。
そして氷河は――氷河は氷河で、そのBLの彼女を、自分が“勇気を出して正直に”恋の告白をするための口実にしている。
星矢には、そうとしか考えられなかった。

今にして思えば、氷河が変人令嬢たちとのデートを重ねていたのは、瞬に“勇気を出して正直に”告白をする理由を得るための事前準備だったのだ。
『瞬以上の女はいない』
『瞬以外に、白鳥座の聖闘士の完璧な恋人になれる人間はいない』
氷河自身の そんな確信を強固にするため。
そして、『この世に ろくな女はいないから、白鳥座の聖闘士が同性の仲間に恋の告白をするのは やむを得ないことなのだ』と、瞬に思わせるため。
『俺には おまえしかいない』と言うことのできる状況を作って、瞬の心に揺さぶりをかけるため――。

でなければ、男が男に恋の告白をするという、極めて非常識なことが、こうも簡単に実現するはずがない。
氷河の本命は、最初から瞬ひとりだったのだ。
氷河が その事実を意識していたかどうかということは、さておいて。

そんな姑息な真似をする男に、瞬が なびくことなどあっていいわけがない――。
激しく憤りつつ、星矢が そう思った時だった。
「氷河の幸せのために、僕が力になれるの……」
という、瞬の小さな呟きが星矢の耳に聞こえてきたのは。
星矢は、再び嫌な予感に襲われたのである。
そして、気付いた。
今は、BLの彼女の思惑や、氷河の姑息な やり口に腹を立てている時ではないということに。
「しゅ……瞬! 冷静になれ。常識を忘れるな! 氷河は男で、おまえも男なんだ!」
星矢は、慌てて瞬を制止した。
冷静になることを、常識人であることを、瞬に促した。
だが、時 既に遅し。

瞬は、氷河の幸福に寄与したいと願っていた。
氷河の幸福の実現のために、氷河の力になりたいと願っていた。
そんな瞬に今、その願いを叶える方法が与えられてしまったのだ。
瞬の耳には、『常識を忘れるな』と促す星矢の声など聞こえていなかったに違いない。
あるいは、瞬と星矢の間にある空間に異様な捩じれが生じ、星矢の忠告が瞬の耳に届くまでに、音速で宇宙を一周するほどの時間がかかってしまったのかもしれない。
星矢の忠告が瞬の耳に届く前に、自分の願いを叶える方法を与えられてしまった瞬は、ほとんど うっとりした様子で、
「僕に、氷河が幸せになるためにできることがあるのなら嬉しい……」
と、同性の仲間に答え終えてしまっていた。

「ま……待て、瞬……!」
星矢の声の伝播の遅さに比して、氷河の行動は敏速そのもの。
無駄な足掻きと感じつつも 星矢が瞬を常識世界に引き戻すべく動こうとした時には既に、氷河は 疾風迅雷の勢いと素早さで瞬の腕と胸に抱きしめてしまっていた。
命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間二人の熱烈な抱擁シーンを見せられて、星矢は呆然と その場に立ち尽くすことになったのである。
それから優に5分以上の長きに渡って。

「ま……まあ、氷河同様、実は瞬も最初から 氷河を好きだったのではないか? 氷河に そういう意味で好かれていることに、以前から瞬も気付いていた――感じていたのかもしれん。氷河には文句を言いたいところだろうが、星矢、ここは瞬の幸せのために大人になれ」
(男同士の)仲間二人のラブシーンに呆然としている星矢に、紫龍が そう言ってきたのが、瞬と氷河のラブシーン開始から5分後だったということは、取りも直さず、紫龍もまた、言葉を発することができる状態になるために それだけの時間を要した――ということだったろう。
それほどまでに――この事態は 非常識な事態なのだ。

「大人になれ――って……」
大人になるということは、こういうことなのだろうか。
この非常識な展開を受け入れることのできる人間を、人は“大人”と呼ぶのだろうか――?
だとしたら、星矢は、一生 大人になどなりたくないと思ったのである。

人生は不可解なり。
(男同士の)恋は、更に不可解なり。
その謎の あまりの深さに、星矢は目眩いを覚えていた。






Fin.






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