『戦士の休息』は、『乙女の祈り』と対になる香りとして、『乙女の祈り』より はるかに速いスピードで日本中世界中に浸透していった。
もともとメンズの市場は無いも同然の日本では、言ってみれば日本中のすべての男性が新規顧客のようなもの。
売れないはずがないのだ。

『戦士の休息』のCFは 氷河が乗りに乗って、あの完璧主義者のカメラマンが自画自賛するほどのものが撮れた。
例のインターネットアンケート『男性につけてほしい香水』では『戦士の休息』シリーズ3アイテムがトップ3独占。 
『乙女の祈り』シリーズと『戦士の休息』シリーズは相乗効果で、売上はうなぎのぼり。
「あの続編CF、二人が理想のカップルすぎるせいで、やっかみを感じることもできないらしくて、評判は上々よ」
とは沙織の弁。
氷河は、瞬との公認を手に入れ、堂々とデートもできるようになって、すこぶる上機嫌。
アテナと氷河が その状況を よしとしているのである。
瞬が意見や不満を口にできるわけもない。
おそらく沙織の指示で、違約金の請求はこなかったが、契約金が瞬の手許に来ることもなかった。
今、日本は空前のフレグランスブームに沸いている。
香水になど全く興味のないアテナの聖闘士たちのいる城戸邸だけが、その狂乱の外にある ただ一つの場所だったかもしれない。


「なあ……これってさ。結局、氷河と瞬は ただ働きで、儲けたのはグラード財団だけなんじゃないか?」
言ってはならないことを 星矢が口にしてしまったのは、『戦士の休息』シリーズ発売から3ヶ月ほどが経った ある日のこと。
「そうだね……。結局 アテナの聖闘士っていうのは、アテナに いいように使われるためにいるんだよね……」
疲れた声で瞬がぼやいたぼやきは、アテナの耳には届かない。
届いても、アテナは そんなものは華麗に無視してのけるだろう。
『ほしいものは すべて手に入れる』
アテナは その宣言通り、ほしいものをすべて手に入れてみせたのだ。
ここは『さすがはアテナ』と言うべきところなのだろう。

アテナの聖闘士は、アテナと地上の平和を守るために存在する。
そのために、どんな苦難にも耐え、いかなる試練も乗り越える。
その存在の目的を見事に果たしたというのに、なぜか瞬は 今、言いようのない空しさに支配されていた。






Fin.






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