「ひょ……氷河。ね、そんなに怒らないで。命って、誰の命も、誰かに守られているものなんだと思う。アオちゃんは、僕を守るために命をかけてくれた、強くて優しい子なんだ。氷河、お願いだから、アオちゃんに優しくあげて」
「あの凶暴ツバメに優しくしろだと? そんなことができるかっ。俺に敵意 剥き出しの凶暴な肉食鳥の攻撃にじっと耐えるほど、俺はマゾじゃない!」
「氷河……」
取りつく島もない氷河の冷たい言葉。
その言葉を聞いた瞬の瞳からは、ぽろぽろと涙の雫がこぼれ落ちることになったのである。
では、自分は 心優しいツバメの命を守るために、恋を諦めなければならないのか。
瞬の涙は、そういう涙だった。

「う……」
それがわかるから――瞬の涙の意味がわかってしまうから――結局 氷河は折れるしかなかったのである。
氷河としても、たった1羽の凶悪ツバメのために瞬を失う事態は避けたかったから。
「ま……まあ……俺も、できるだけ我慢はするが……」
今の氷河に、そう告げる以外、いったいどうすることができただろう。
氷河は、何があっても瞬を失うわけにはいかなかったのだ。
彼自身が幸福になるため、彼自身が生きていくために。

「氷河……氷河、ありがとう……!」
瞬が その瞳に涙を にじませたまま、氷河の寛大を喜んで笑顔を作りかけた時だった。
おそらくは、瞬の小宇宙によって 瞬が泣いていることを感じ取った心優しいツバメが 秋の空のどこからか急降下してきて、室内にいた氷河の頭部に怒りの一撃を加えてきたのは。
氷河が反撃の態勢を整える前に、濃紺の稲妻が 素早く身体を反転させて次の攻撃に移る。
そして、次の瞬間、彼は その嘴で 氷河の髪を2、3本、華麗に引っこ抜いてしまっていた。

「ア……アオちゃん……!」
「こンの、糞ツバメーっ !! 」
氷河の攻撃的小宇宙を感じ取ったのか、心優しいツバメは3度目の攻撃に及ぶことはなく、氷河がダイヤモンドダストを撃つ態勢に入る前に、驚くべき速さでベランダから外に飛び出て、空高く舞い上がっていた。
氷河がベランダの手摺りに駆け寄り、水色の空に向かって、
「逃げるとは卑怯だぞーっ !! 」
と、咆哮を響かせる。

「すげー。本物のツバメ返しだ」
「完全に氷河が不意を突かれていたな。なかなかやるぞ、あのツバメ」
いっそ見事といっていいほど鮮やかに ツバメに してやられてしまった仲間の背中を見ながら、星矢と紫龍が感嘆の声をあげる。
ツバメと白鳥の対決の、思いがけない顛末に あっけにとられていた瞬は、
「結構 いい勝負だったな、瞬」
という星矢の言葉で、はっと 我にかえった。

「あ……」
既にツバメは秋の空の高みに飛び去ってしまっている。
いくら白鳥座の聖闘士といっても 所詮は翼を持たぬ人の身、氷河も そこまで追いかけていくことはできない。
彼は、城戸邸ラウンジのベランダで、鬼界ヶ島に ただ一人 取り残され、沖に向かう赦免船に自分も乗せてくれと訴える俊寛僧都のごとくに、足摺り地団太踏んでいた。

「う……うん。なんだか……僕が心配する必要なんかなかったみたい」
それが白鳥座の聖闘士を侮辱する言葉になっていることに、瞬は気付いているのか、いないのか。
愛する人を守るために戦う者は、たとえ それが か弱いツバメでも 侮り難い力を持つものであるらしい。
戦いの勝敗を決めるのは ただ、その愛の力の強さ、深さ、大きさのみ。
凍気使いの白鳥座の聖闘士と ツバメ返しの越冬ツバメ。
2羽の鳥類による宿命の戦いは、今 始まったばかりだった。






Fin.






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