神話の時代から続く冥府の王と 聖域のアテナの聖戦の、それは前哨戦といっていい戦いだったのか。
あるいは、それは、アテナの言う通り、冥府の王の悪ふざけにすぎなかったのか。
ともあれ、“変”を身上にしている白鳥座の聖闘士が 更に変になることで引き起こされた騒動は、鎧袖一触といっていいアテナの采配によって、ひとまずの収束を迎えたのだった。

「氷河、ごめんね。ありがとう。僕のために……」
まさか氷河の変な変化が アンドロメダ座の聖闘士を冥府の王の魔手から守るためのものだったとは。
氷河の気持ちも知らず、彼の変化を嘆き 恨めしく思ってさえいた自分を、瞬は深く後悔しているようだった。
氷河には、自分が 瞬に潤んだ瞳で礼を言われるような大層なことをしたという認識は、全くなかったのだが。

「いや、別に、情熱なんて、煮ても焼いても食えないものだし、なくても大して困らないものだし――そんなことより、瞬。俺が無分別に、無鉄砲に、おまえのいちばんを目指すことは、おまえにとって迷惑なことではなかったのか」
「迷惑なんかじゃないよ! そんなことあるはずないでしょう!」
瞬から きっぱりした答えをもらうと、それでなくても 他の何ものをも顧みない情熱を取り戻していた氷河は、すぐに有頂天になってしまった。
瞬が 白鳥座の聖闘士の奮闘努力を迷惑に思っていないというのなら、白鳥座の聖闘士は これからも その努力を続けるだけである。
その努力が実を結ぶのか結ばないのか。
そんなことは、氷河にとっては どうでもいいことだった。
「そ……そうか。よし。俺は、この命に代えても、おまえをハーデスの手から守り抜くぞ!」
氷河は、他を顧みない情熱をもって、高らかに、その努力の継続を宣言したのである。
もちろん、瞬以外の仲間たちの動向は、今の氷河の視界にも意識の内にも入っていなかった。


「なーにが、命に代えても瞬をハーデスの手から守り抜く、だ。できもしないくせに、大口を叩きやがって……!」
憎々しげに舌打ちをする瞬の兄を なだめるのは、彼の仲間たちの役目である。
「まあ、そこは人間のできた俺たちがカバーしてやるってことで。それが仲間で友情だぜ」
「氷河の尻拭いをすることが、俺たちの友情の証だとでもいうのか!」
「ああ。それは、確かに理不尽だとは、俺も思うな。氷河ばかりが いい目を見ているというか、得をしているというか……。奴の無謀と無分別のせいで とばっちりを食う俺たちは、全く いい目を見ていないというのに」
「瞬のためだ。ここは忍の一字だろ」

友情とは、そういうものである。
与えた分の報いがあることを期待する心は、“友情”から最も遠いところに存在する心。
それは わかっているのだが。
瞬の前で 能天気に浮かれ、大口を叩いている氷河の得意げな顔を見るにつけ、氷河の仲間たちは 深い溜め息を禁じ得なかった。






Fin.






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