「それにしても、そなたたち。そなたたちは 人間が大嫌いなくせに、なぜこのように人間たちの肩を持つのだ。しかも、よりにもよって、こんな馬鹿王子の」 おそらくは 自分にとって 不本意極まりない この結末の不愉快さを忘れるために――ハーデスが彼の二柱の従神たちに尋ねます。 “馬鹿王子”はともかく、実は氷河王子も ハーデスと同じことをヒュプノスとタナトスに訊きたいと思っていたところでした。 彼等の態度は、どう見ても奇妙、どう考えても不自然でしたからね。 氷河王子は もちろん、彼等に 良いことをしてやった記憶は全くありませんでしたよ。 ハーデスに問われて、ヒュプノスとタナトスは 一瞬 互いの顔を見やり、それから揃って気まずそうに眉をしかめました。 二柱の神は、本当は、ハーデスに問われたことに答えたくなかったのでしょう。 けれど、その立場上、ハーデスの下問に黙秘権を行使するわけにはいきません。 いかにも不承不承といった様子で、最初に口を開いたのは 眠りを司る神ヒュプノスでした。 「実は、以前――もう何年も前のことになりますが、私は、猫に化けて人間界を徘徊していた際、ネズミとりの罠にかかって死にかけていたところを、瞬に助けてもらったことがあるのです。あの時、私は、人間の仕掛けた幼稚な罠に引っかかった上、人間などに命を救われた屈辱を 余人に知られたくないと思うあまり、瞬に良い報いを与えずに、その場から立ち去ってしまったのです」 「なに?」 「俺――私は、ヤマネの姿になっていた時、トリ餅の罠に引っかかって 身動きができなくなっていたところを瞬に助けてもらったことがありまして――以下、ヒュプノスと同文です」 「え?」 「そなたたち……仮にも神の身でありながら、なんと情けない」 ヒュプノスとタナトスの告白を聞いて、自分がした“良いこと”を憶えていなかった瞬は きょとんとした顔になり、冥府の王は ひどく きまりの悪い顔になりました。 おそらくは きまりの悪さを隠すために、ハーデスは これまでで いちばん威厳のある顔を作って、 「えーい、そなたたち、さっさと地上に帰れ! そうして二人で いつまでも幸せに暮らすがよい!」 と、氷河と瞬に命じてきたのです。 もちろん、氷河王子と瞬は、すぐに神の命令に従いましたよ。 二人は、二人一緒に、地上へ、そして 懐かしい北の国へと帰っていったのです。 北の国の民は、多くの王子様や騎士たちを行方知れずにした仏陀の四門をクリアした上、冥界にまで行って幸運と幸福を手に入れてきた氷河王子の素晴らしい冒険物語に大喜び。 王子様が どれだけ血沸き胸躍る冒険に挑み、どれだけ大きな試練を乗り越え、そして その冒険を見事に成し遂げたか、否か。 それは、おとぎの世界にある国の格を決める、とても重要なことでした。 氷河王子の素晴らしい冒険は、北の国の格を高め、北の国の より一層の発展を約束するものだったのです。 北の国の民が、氷河王子の無事の帰還を喜び、氷河王子を誇りに思ったのも当然のことだったでしょう。 それだけではありません。 瞬が間に入ると、氷河王子と 氷河王子の新しいお母様の間にあった 気まずい空気は、あっというまに 優しいそれに変わってしまったのです。 瞬は、誰に対しても 優しさと思い遣りをもって接することのできる人間でしたからね。 氷河王子に つらい試練を与えてしまったことを後悔していた 新しい お母様には、瞬の優しさは その心に染み入る温かい救いだったのでしょう。 氷河王子としても、瞬が優しくする人に素っ気なくすることはできなかったのです。 そんなふうにして、氷河王子の周囲から、“良くないこと”は、すべて取り除かれてしまったのでした。 優しさと思い遣り。 それは、人が幸せに至るための おとぎの世界の最も重要な要素。 おとぎの国では、その二つを備えている人間は必ず幸せになるのです。 ええ、『そうして二人は いつまでも幸せに暮らしました』よ。 もちろん、二人は いつまでも幸せに暮らしましたとも。 それが おとぎの国の、決して破られることのない絶対のルールなのですから。 Fin.
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