「ピンクの脅威は 滑稽にも思える悲劇だったけど……。権力者って大変だね。自分の地位を守るために、そんな馬鹿げたことにさえ神経をすり減らして 汲々として生きていかなければならないなんて。ああいう大きな権力を手にしている人たちに、本当に 心が安らぐ時はあるのかな……」
「さあ……。だが、女帝が囲っている愛人たちが、彼女の政治センスの欠如を補うために選ばれた男たちなのだとしたら、彼女が今も独身なのは、案外 10代の時に病で亡くなった婚約者を愛していた――今も愛しているからなのかもしれないぞ」
「愛する人を失って、恋や安らぎのよりどころを失って、エリザヴェータ女帝は 帝位という権力しか すがるものがなくなってしまった――ということ?」

ピンク禁止令などという とんでもない勅令を出してロシア宮廷を混乱させ緊張させ、あまつさえ、ピンクの脅威を消し去るために 瞬に出頭命令を下すようなことまでしてくれたエリザヴェータ女帝。
氷河と瞬が、傍迷惑な女帝の心情を そんなふうに語ることができるようになったのは、身も蓋もない言い方をすれば、彼等の恋を邪魔する障害物が すべて取り除かれたから――つまり、彼等の恋が今は安全圏にあるからだった。

「愛か帝位か……。アテナに焚きつけられた時には、自分にはもう帝位しかないと、女帝自身、愛を諦めかけていた頃だったのかもしれないね。自分には、亡くなった婚約者以上に愛せる人はいない……って」
「俺なら、何があっても 愛を選ぶ――おまえを選ぶがな。たとえ おまえが死んでいても、俺なら、権力なんかより、おまえを選ぶ。選択は人それぞれだな」
アテナの聖闘士を ろくでもない騒動に巻き込んでくれた女帝に 激しい憤りを覚えることなく、氷河が そんなことを言っていられるのも、彼の恋が 今は 確実に彼の腕の中にあるからだったろう。
平和と安寧というものは、そんなふうに 人の心を優しく凪いだものにする力を有している。
平和と安寧は、やはりプライドを捨てても守る価値があるもののようだった。


ロシア・ロマノフ朝 第6代皇帝エリザヴェータ・ペトローヴナの在位は、21年間。
彼女の作った美しいサンクトペテルブルクの街並みは、いくたびもの政変の嵐を乗り越え、その美しい姿を今に伝えている。






Fin.






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