「というわけで、あたし、あんたを任されたから。あんたは いろいろ不満もあるようだけど、あんたの弟、いい弟じゃないの。この あたしを、大切なオニーサンのオトモダチに選ぶなんて、男を見る目もあるわよ」
「えーい、俺につきまとうなっ。俺は、氷河のろくでもなさを瞬に教えてやってくれと頼んだんだぞっ! 貴様、肝心のことを、何一つ 成し遂げていないではないか! 仕事をするつもりがないのなら、貴様にくれてやったネイルケア用品一式、たった今、俺に返せ!」
「そんな硬いこと言うもんじゃないわよ。あたしとしても、あんたの健気で可愛い弟に『兄さんをよろしく』なんて頼まれたら、よろしくしてあげないわけにはいかないじゃないの」
「俺が硬いんじゃなく、貴様が やわらかすぎるんだ! えーい、鬱陶しい! 寄るな、触るな、俺に近付くなっ」

長く寒かった冬が終わり、桃は 薄紅色の花を開かせている。
『桃始笑』と書いて、『もも はじめてさく』と読む季節。
今日も デストールは、21世紀の城戸邸の庭で、巨大肉団子のごとき姿で ごろごろ ぴょんぴょん弾みながら、鳳凰座の聖闘士との友情を育んでいた。


「兄さん、楽しそう」
デストールに つきまとわれて仏頂面の維持ができず、仕方なく(?)表情を崩している一輝の心情を、瞬は完全に誤解しているようだった。
渋面でもなく、憂い顔でもなく、恨み顔でも 閻魔顔でも 泣き顔でも 憤怒の顔でも 無表情でもないのなら、それは笑顔なのだ――と。

「楽しそう?」
氷河の目には とても そうは見えなかったのだが、ここで正直な感想を瞬に告げるほど 氷河は馬鹿な男ではなかった。
デストールが一輝の周りで ぼよんぼよんと跳ねていてくれれば、それだけで、氷河の恋路から最大の障害が取り除かれるのだ。
「ああ、本当に楽しそうだな」
氷河には、自分の恋こそが何より大事。
瞬の笑顔が大事。
一輝が毎日を楽しく過ごしているのだと信じることで、瞬が笑っていてくれるなら、事実がどうであっても、そんなことは氷河には全く憂うようなことではなかった。

恋する男は、恋人の笑顔を守るためになら、他の何ものをも顧みない冷酷な存在。
恋する男が“いい人”であることは、極めて稀。
瞬には、やはり“男を見る目”がないのかもしれなかった。






Fin.






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