「派手にやってくれたものだこと。この修繕費を、私はどこに請求すればいいのだ?」 鳳凰座の聖闘士と白鳥座の聖闘士は恋敵同士ではなかった。 彼等は それぞれ別の人に恋をしていた。 それらの事実が白日の下にさらされたからといって、実は何の問題解決にもなっていないことに 氷河と一輝が気付き、どうしたものかと考え始めていた時だった。 二人が この国に来た日、到着の報告と挨拶だけをしたアマゾン族の女王が、その場に姿を現わしたのは。 彼女は、恋する男たちによって破壊され 瓦礫と化した彼女の城の一部を見やり、二人の暴挙に呆れ果てたような顔になった。 「強い男は欲しいが、強すぎる男は傍迷惑。まして、恋をしているとあっては、分別ある行動を期待することもできそうにない」 女王は、氷河と一輝に、(おそらく)嫌味を言った。 きまりの悪さに声を失った二人の聖闘士を そのままやり過ごし、瞬とエスメラルダの前に立つ。 そして、彼女は 彼女の国の民に静かな微笑を投げかけた。 「お行き。おまえたちが この国に留まっていては、この国は この恋する乱暴者たちに破壊し尽くされていまうだろう。我が国は、女の権利を求めて頼ってくる者を すべて受け入れることを国是としているが、この国の外で幸せになりたいと願う者を国に縛りつけることはしない。おまえたちの幸福は、この国の内にはないようだ。ならば、この国に縛られず、この国を出て、幸せになりなさい」 「女王様……」 鳳凰座の聖闘士と白鳥座の聖闘士が恋敵同士でなかったことがわかっても、それは 何の問題解決にもならない。 その事実の前に進退窮まっていたアテナの聖闘士たちの窮状を、アマゾン族の女王は 鶴の一声で瞬時に解決してみせた。 威厳と優しさを兼ね備えた女王の言葉、その見事な差配に、瞬とエスメラルダは感動し 涙ぐんでいる。 二人は、女王の鮮やかな措置に安堵し、女王への敬愛の念を更に深くしているようだった。 二人の瞳から 零れ落ちた涙の清らかなこと。 希望を得て輝き出した二人の面差しの美しいこと――。 それは、二人に恋している男たち以外の人間の胸にも 大きな感動を運んでくるものだったに違いない。 この感動的な場面で――氷河とて そんな野暮なことは言いたくなかったのである。 もちろん、できることなら 氷河は、そんな どうでもいいことに言及したくはなかった。 が、その立場上、氷河は その野暮を口にしないわけにはいかなかったのだ。 「聡明にして高潔、情篤く美しいアマゾンの女王よ。あなたの寛大で粋な対応に、我々は心から感謝する。この国に もし何らかの国難が降りかかるようなことがあった時、我等二人は 何を置いてもこの国の保全のために力を尽くすことを約束しよう。ところで、俺たちが貴国にやって来たのは――」 「アテナイの捕虜は10人。一人につき 荷車5台分の小麦で、故国に返すことが決まった。我等は農耕は行わないので、小麦は貴重なのだ」 「へ……?」 いっそ『既に ちょん切った』と言われた方が諦めもつくし、面倒な仕事もせずに済むとすら、氷河は考えていたのだが、鳳凰座の聖闘士と白鳥座の聖闘士が エスメラルダを間に置いて角付き合わせをしていた間に、色々なことが人知れず進展していたらしい。 少々 慌てかけたアテナの聖闘士たちに、アマゾン族の女王は 恐ろしい情報を授けてくれた。 「アテナイの愚か者たちが相手では 一向に話がまとまらないのでね。聖域のアテナと話をつけた。そなたたちは、アテナイの者ではなく、女神アテナに従う者だとか。賢明なことだ。男の王など戴くものではない。女は男と違って、話がわかる」 「アテナと――?」 それは本当に恐るべき情報。 アマゾン族の国を滅ぼすことも容易にできるアテナの聖闘士二人の心胆を寒からしめる情報だった。 アマゾン族の女王とアテナが交渉を行なっていたということは つまり、鳳凰座の聖闘士と白鳥座の聖闘士が 恋に かまけて、課せられた任務を果たすための努力を全く していなかったことが、既にアテナに知られてしまったと考えていいだろう。 氷河と一輝の頬からは、一瞬で血の気が引いていってしまったのである。 アテナは、彼女の怠惰な聖闘士たちの命を奪うことまではしないだろう。 そんなことをするくらいなら、死ぬまで部下を こき使う方が有益で有意義と考えるのが、聖域の女神アテナである。 まして、彼女の怠惰な聖闘士たちには 今では 自らの命より愛する恋人がいる。 その恋人たちのために――瞬とエスメラルダを悲しませないために――アテナは無慈悲なことはしないはずだった。 だが、だからといって楽観はできない。 まともな罰を与えられないとなれば、あの峻厳苛烈な女神のこと、彼女の怠惰な聖闘士たちに まともでない罰を次から次に科してくるに違いないのだ。 少なくとも強烈な嫌味の百連発くらいは覚悟しておかなければなるまい――。 己れの命より大切な恋人を ついにこの胸に抱くことができた歓喜と、これから我が身に降りかかってくる苛酷な試練の予感。 愛する人を伴ってアマゾン族の国を発った氷河と一輝の心中は、喜びと恐怖、幸福の予感と不幸の予感が激しく せめぎ合い、とんでもない状況になっていたのだった。 氷河は瞬と、一輝はエスメラルダと、それぞれ二人になって帰還を果たした聖域。 全く仕事ができなかった二人の聖闘士たちは、そこで女神アテナに 立ち直ることも困難なほど強烈な嫌味を言われていただろう。 瞬に聖闘士になる資質があることが判明しなければ。 瞬にその才があったおかげで、彼女の聖闘士の増員を望んでいたアテナは、本来の任務より意義ある仕事をしてくれたと、氷河と一輝の苦労(?)をねぎらい、上機嫌になり、エスメラルダと瞬が聖域に住まうことを 快く許してくれたのである。 もちろん、『これからは心を入れ替えて、地上の平和と安寧を守るために、命をかけて“真面目に”働くように』という条件付きだったが。 その後、心を入れ替えた鳳凰座の聖闘士と白鳥座の聖闘士は もちろん、地上の平和と安寧を守るために、命をかけて“真面目に”、アテナに こき使われ続けたのである。 アテナの こき使い振りたるや、一つの仕事が終わるたびに 死なずに済んだことを、(アテナ以外の)神に感謝したくなるような 苛酷苛烈な こき使い振りだった。 だが、それでも二人は、地上に生きている他の誰よりも幸福だったのである。 彼等の側には いつも、誰よりも彼等を愛し気遣ってくれる 可憐で心優しい恋人がいてくれたから。 Fin.
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