そんなことをしても何にもならない。
かえって空しさが増し、自分がみじめになるだけだということは承知の上で、ヒョウガは また貴婦人の体面維持の手助け事業を始めたのである。
セイヤとシリュウは 当然、そんなヒョウガを責めてきたのだが、ヒョウガは彼等の諫言に 耳を傾ける真似事さえしなかった。
ヒョウガの心の頑なさ以上に、セイヤたちは諦めの悪い男たちだったので、彼等はヒョウガの更生計画の遂行を大人しく断念したりはしなかったが。

「おまえさ。おまえ、馬鹿じゃないんだから、ほんとは わかってるんだろ? 貴婦人方の相手してたって、おまえの 無念の気持ちや やるせなさは消えたりしねーぞ。おまえが お袋さんを思う気持ちはわかるし、親父に腹立てる気持ちもわかる。自分の無力感に苛立つ気持ちもわかるけどさ。それって、もう どうにもならねーことだろ。おまえは、そんな過去のことは 無理にでも忘れて、おまえ自身の人生ってものを考えろよ!」
復活した不行跡を、そう言ってセイヤに責められた時、ヒョウガは、セイヤが何を言っているのか、全く理解できなかったのである。

「おまえは何を言っているんだ」
と真顔で問い返したヒョウガに、セイヤが瞬時 きょとんした顔になる。
怪訝そうに眉根を寄せて、セイヤはヒョウガの顔を見詰めてきた。
「何って、だから、おまえの最愛のマーマと親父さんの――」
「なに?」
再度、どう見ても 演技でも装っているわけでもない様子で問い返してくるヒョウガに、セイヤは 眉根だけでなく 唇までを ひん曲げることになった。

「んじゃ、何なんだよ! おまえ、お袋さんと親父さんのことで ぐれてるんじゃないのかよ!」
「おまえは本当に何を言っているんだ。そんなことは当たりまえだろう。俺を、いつまでも そんなことにこだわっているガキと思うな!」
「だったら、おまえは何が気に入らなくて、また ぐれ始めたんだ!」
「だから、ぐれているの いないのと、俺を反抗期のガキみたいに言うなと言っている!」
「ガキ扱いすなったって、まるで 訳がわかんねーよ! じゃあ、オトナの おまえが今 ぐれている理由は何なんだよ!」

それこそ 意地を張った子供同士のように怒鳴り合っているセイヤとヒョウガの言い争いを止めたのはシリュウだった。
「ご両親のせいでないとなると――もしかして、おまえの再不良化の原因はシュンか」
「シュン?」
なぜ そこでシュンの名前が出てくるのだと セイヤは訝り、ヒョウガは その名を出された途端に 険しい表情を作って黙り込んでしまった。
「えっ、ほんとにシュンのせいなのか?」
「他に、ヒョウガの周囲に、両親のことを忘れさせるほどの新要素は出現していないからな」
「いや、それはそうだけど、そうかもしれないけど、なんでシュンなんだ?」
「それはまあ……そういうことなのではないか」
「そういうことって、どういうことだよ。……って、えーっ、そういうことなのかーっ !! 」
「ち……違う! 詰まらん憶測はやめろ! 下種なことを勘繰るなっ!」

何の反論もせずにいると、セイヤとシリュウは、二人だけで話を進め、二人だけで結論に至ってしまう。
勝手な決めつけをさせないために、ヒョウガは二人の間に口を挟んでいったのだが、結局 彼は それで墓穴を掘ることになってしまったのだった。
疑わしげな目を向けてくるセイヤの視線を避けるために、慌てて顔を脇に逸らす。
そして、これ以上 ボロを出すことを避けるために、ヒョウガは そのまま二人の友人に背を向け、急ぎ足で部屋から立ち去ったのだった。






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