「そうして、光の階段は消えてしまったんだ。三人は不思議な者たちと一緒に光の中に消えて、二度と村に戻ってくることはなかった」 「ふうん。それで、村の教会には、あんな絵があるのね。光の階段の絵。女神様がいるから、聖書にあるヤコブが見た天国への階段とは違うし、何の絵なんだろうって、私、ずっと思ってたの」 「あれは……瞬に野イチゴの見付け方を教えてもらっていた娘の一人が、成人してから描いて、教会に納めたものなんだ。異教の神の絵だが、神父も拒むことはできなかった」 「実際に 女神様の力を見てしまったんだものね。それで、氷河と瞬はどうなったの」 「さあ……。だが、おそらく 村人たちの知らない美しい場所で 幸せに暮らしたんだろう」 「異教の女神の住まう世界――どんなところなのかしら。綺麗なところなのかな」 老人の孫娘は、まるで自身の未来を夢見、憧れるように、祖父の話にうっとりしていた。 「昔々――もう80年近く昔のことだ。アテナの言っていた通り、あれから 村は何度も嵐や旱魃に襲われた。多くの犠牲者が出て、村が滅びかけたこともある。あの頃、わしはまだ子供で、氷河に教えてもらった狩りや漁の業で生計を立て、家族を養ってきた。あの頃の村人で生き残っているのは もう、わし一人。そのわしも、先は長くない。だから、代わりにおまえが伝えてくれ。皆に――多くの者たちに」 少女の祖父には それは、懐かしく美しい はるか昔の思い出話だったのだが。 「悪魔は人の心の中に生まれるもの。まず、対峙する人の心を見よ。それが自分と違うものだからといって、排斥してはならない。――でしょ」 「そうだ。子供だった わしたちは、素直な気持ちで人を見ることができた。だから、わし等は皆、氷河と瞬が好きだった。毎日が楽しくて、幸せだった。悪魔を生むのは人の心だが、幸福を生むものもまた 人の心だ。誰が どんな力を持っていようと、持っていなかろうと、それが何だというんだ。その人の心が優しく美しければ、力の使い方を間違えることはない。大事なのは、人を思い遣ることのできる美しい心。それ以外は些末なことだ」 「うん」 まだ8つにもなっていない少女は、澄んで賢そうな目をしていた。 まだ8つにもなっていないのに、彼女は 祖父の告げる言葉の意味を正しく理解しているらしい。 「二人が不思議な力を持っていることを、わし等は 薄々 気付いていたんだ。だが、それは素晴らしい力、羨ましい力だった。わし等は、氷河と瞬が どんな力を持っていようと、氷河と瞬が好きだった。魚や獣を獲る技の方が、より素晴らしい力だとも思っていたがな」 誰が どんな力を持っていようと、それは些末なこと。 心が優しく美しければ、それは障害でも災厄でも困難でも不幸でもない。 「うん」 彼の孫娘は、嬉しそうに――安心したように微笑して、そして、手を使わずに祖父の部屋の窓を 外に向かって大きく開けてみせた。 Fin.
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