「はい……」 私は 氷河様の誤解を解くのも申し訳なくて、素直に氷河様に頷いた。 瞬様を見詰めてる時みたいに優しく――じゃないけど、殊勝な態度の私を見た氷河様が 満足したように微かな笑みを浮かべる。 それでも、私には過ぎた僥倖。分不相応な光栄ね。 この氷河様が 私より年下だっていうんだから、もしかしなくても氷河様も、瞬様に負けず劣らず つらい経験をして、その経験の中で 学習し、自分で考え、自分にとって 最もいいと思える自分の姿を思い描いて、そんな自分になれるように努力して、今の氷河様になったのかもしれない。 そう、私は思った。 「わかったら、今すぐ 瞬のところに行って、瞬に元気な顔を見せてやれ。瞬が心配している」 「は……はい。あの……瞬様の火傷は――」 「治った。瞬の身体に火傷の跡など残すものか」 『残すものか』って、まるで 氷河様が治したみたいな――。 いくら氷河様でも そんなことできるわけがないのに。 でも、氷河様なら、それくらい愛の力で成し遂げてしまうかもしれない。 氷河様が これだけ落ち着いてらっしゃるんだから、きっと瞬様は大丈夫だったんだろう。 そう思って、私は、勇気を出して瞬様の許に赴き、 「申し訳ありませんでした」 って、謝罪した。 驚いたことに 瞬様の腕には 火傷の跡は 本当に残ってなくて、そして、瞬様は笑って私を許してくださった。 「ねーちゃん、大丈夫か? 瞬は、殺したって死なないくらい たくましいんだから、余計なこと考えて落ち込んだりするんじゃねーぞ」 「うむ。瞬の心配をしている暇があったら、君は 自分の病気の治癒に専念すべきだ。面食いは治しておいた方がいい。その病気を治さない限り、注意力散漫によるミスを繰り返すことになる」 「ねーちゃんのターゲットが氷河なのか瞬なのかは知らねーけど、あの二人は やめといた方が無難だぞ。氷河は瞬しか見えてねーし、まかり間違って ねーちゃんと瞬がナカヨクなったりしたら、氷河は この世界を ぶっ壊すくらいのことを平気でするからな」 やだ、ばれてる。 っていうか、ばれないはずがなかったか。 星矢様も紫龍様も、なんていうか、すごく勘がいいっていうか、目端が利くものね。 私は慌てて お二人の誤解(今となっては 誤解)を解いた。 「ご心配をおかけして申し訳ありません。でも、もう ご心配には及びません。世界の平和を守るために、私は これからは、命をかけて 氷河様と瞬様の恋を妨げるものの排斥に努めることにしましたから」 「へ?」 私は、私自身が氷河様と瞬様の恋の妨げになるようなことは決してないっていう意味で、そう言ったんだけど、星矢様と紫龍様は、『氷河様と瞬様の恋を妨げるもの』として 私以外の何かを連想したらしく―― そのお顔を 一瞬 奇妙に歪めて、無謀な挑戦者を見るみたいな目を 私に向けてきた。 「ねーちゃん、一輝と やり合うつもりかよ」 「これは見物だ」 「?」 あとで先輩方に教えてもらったんだけど、『一輝』っていうのは 瞬様のお兄様のお名前で、一輝様は、瞬様に ご執心の氷河様を 快く思っていらっしゃらないらしい。 一輝様と氷河様は、事あるごとに 角を突き合わせて、お二人の間に立つ瞬様を困らせてるんだって。 あの氷河様にも、簡単に一蹴できない恋の障害なんてものがあるんだ。 ちょっと びっくり。 「へえ……。一輝様って、いつ頃 こちらにいらっしゃるの? 早く お目にかかりたいわ。あの瞬様のお兄様なら 当然、とっても お優しくて、柔和で、理知的で、目許涼やかな白皙の美青年よね?」 私が そう言ったら、先輩方は笑いながら、 「それは お会いしてからの お楽しみ」 って言って、詳しいことは教えてくれなかった。 瞬様のお兄様かあ。 どんな方なのか、想像しただけで、ちょっと どきどきしちゃうわね。 すーごく すーごく お美しい方なのに違いないし。 あ、もちろん、私は分不相応な期待なんて抱いていないわよ。もちろん。当然。 うん。 何はともあれ、そんなこんなで、私は今も城戸邸での お勤めを続けている。 瞬様は あんなドジをした私に 相変わらず お優しくて、氷河様は あの長広舌が嘘だったみたいに無愛想で、星矢様は 明るく元気、紫龍様は 穏やかで紳士的。 先輩方は 毎日 有益な忠告を垂れてくれるし、田中さんは 私の粗忽を治すべく熱心に指導してくれている。 城戸邸では 毎日 いろんなことが起こるけど、ここは本当に いい職場。 毎日が緊張と ときめきの連続で、私は 生きていることが すごく楽しい。 天国のパパとママ。 蘭は 今日も元気に頑張ってるよ。 Fin.
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