昨年、首都圏を襲った大雪は、城戸邸の庭木に甚大な被害をもたらした。 昨年と同じ轍を踏まないため、城戸邸では、今年は庭木に冬囲いをすることにしたらしい。 その日、城戸邸の庭には、冬囲いの見積もりと準備のために、長い付き合いのある業者から派遣されてきた造園技能士(城戸邸では、庭師という呼称を用いていた)が入っていた。 広い庭の庭木の数や状態を すべて確認しなければならないので、助手も4、5人いる。 庭に面したラウンジの強化ガラスの壁の向こうでは、職人たちが 朝から 忙しく行き来していた。 ラウンジから職人たちの姿を見ることができるということは、職人たちもまた、ラウンジにいる者たちの姿を見ることができるということ。 その職人たちの視線を恐れているのか、氷河は 今日は朝からずっと 2階の自室に閉じこもっていた。 「氷河の対人恐怖症、やっぱり放っておくべきじゃないよねえ……」 職人たちの休憩時間、邸内に入ることを遠慮する彼等のために 庭に休憩場所を設え、そこに お茶とお茶菓子を運ぶ仕事を手伝っていた瞬は、戻ってきたラウンジに氷河の姿がないことを認めると、細く嘆息した。 「対人恐怖症って、実は他人が恐いんじゃなく、自分の状態に不安があって、それが他人にどう思われているのかを恐がってるんだっていうけど……」 庭師たちは 確かに 明確に“他人”だが――仮にもアテナの聖闘士が 庭師の視線を恐れて自室に閉じこもっているという事態は、あまり芳しい事態ではない。 そこまで 他人の目を恐れていたら、氷河は外出も ままならない。 実際、氷河は、日本に帰ってきてから ずっと、バトル以外の目的のための外出を ほとんどしていなかった。 「対人恐怖症ねえ……」 思案顔の瞬の呟きを聞いて、星矢と紫龍もまた嘆息を洩らす。 星矢たちの嘆息は、だが、氷河の対人恐怖症を案じてのものではなく、氷河の対人恐怖症を案じる瞬を案じるがゆえのものだった。 実は 彼等は、氷河が そんな病気だと思ったことは、幼い頃から一度もなかったのである。 確かに、城戸邸に連れてこられたばかりの頃の幼い氷河には、自閉の気味があったと思う。 だが、まもなく 氷河は 星矢たちと平気で話をするようになったし、それは聖闘士になって日本に帰ってきてからも同じだった。 彼等は むしろ、氷河の皮肉の強い物言いに辟易し、心配することさえあったのである。 あれでは、氷河は 作らなくていい敵を作ってしまうのではないかと。 氷河が他人を恐れるのは、瞬の目がある時だけなのだ。 氷河の対人恐怖症は、瞬の前でだけ発症する病だった。 対人恐怖症は神経症の一つ、つまり 心理的な原因によって起こる心身の機能障害、いわゆる心の病である。 身体疾患や薬物誘発性の疾患とは異なり、すべては 物の見方次第、感じ方次第。要するに、気の持ちよう。 であればこそ、ある特定の条件下においてのみ症状が顕在化するということは、決してあり得ないことではない。 瞬の前でだけ、対人恐怖症の症状が現れるということも、起こりえないことではないだろう。 だが、なぜ 瞬の前でだけ――瞬がいる時にだけ、瞬に わかるようにだけ、氷河の病状は現れるのか。 その点について、星矢と紫龍は大いに疑念を抱いていたのである。 それは理屈に合わない、不自然なことだと。 特定人物の前でだけ、特定人物以外の人間を恐れる――瞬の前でだけ、瞬以外の人間を恐れる。 瞬がいないところでは――瞬に知られないところでは、氷河は誰も恐れない。 それは あまりに不自然なことなのだ。 氷河の病が、瞬にだけ見せたいものである――という事情でもない限り。 氷河のそれは、瞬に見せるための芝居なのではないかと、星矢たちは疑っていたのである。 つまり、氷河の対人恐怖症は仮病なのではないかと、星矢たちは疑っていた。 否、彼等は ほぼ確信していたのである。 氷河の神経症は、瞬の気を引くための偽りの病である――と。 |