目的のイベントは、江戸切子や琉球硝子と ヴェネツィアン・グラスの夢のコラボレーションと銘打ったもので、どこが江戸で、どこが琉球で、どこがヴェネツィアなのか わからない各種工芸品が いかにも値打ちありげに展示されているものだった。
瞬が それらの作品に いちいち『綺麗』『すごい』と讃辞を捧げるので、それは綺麗で すごいものなのだろうと、氷河も思うことにした。
瞬が楽しくて嬉しいのなら、その件に関しては 氷河も全く文句はなかった。
問題は いつも人――瞬以外の、氷河にとっては邪魔で不要でしかない人間たちの方なのである。

展示会場に向かう道すがら、展示会場内、会場を出てから――瞬は、どこでも注目の的で、老若男女を問わず 多くの人間の視線を集めていた。
綺麗なものや 可愛いものに目が向くのは人間のさが
それは自然で当然のことだとは思うのだが、それらの視線――特に 男共の視線が、氷河は大いに不愉快だったのである。
もっとも、彼等が、瞬の隣りにいる金髪の男の存在に気付いた途端、気落ちしたように がっくりと肩を落とす様を見るのは、ちょっとばかり――否、かなり――いい気分ではあったのだが。
逆に、先に氷河に目をとめ、隣りにいる瞬に気付いて落胆の表情を作る女性陣の反応も、なかなか快い。
要するに、彼等は、瞬と氷河が 似合いの一対、誰にも太刀打ちできない最強の一対だということを、その視線や態度で 氷河に示してくれる者たちで、邪魔なだけだと思っていた瞬以外の人間たちにも それなりに使い道があるではないかと、氷河は考えを改め、悦に入っていたのである。

もしかしたら、氷河の その悦に入った態度、得意げな表情が よくなかったのかもしれない。
それが、“彼”の目には 不愉快極まりないものとして映ったのかもしれない。
事件は、瞬と氷河が 展示会場に隣接されたカフェラウンジで、ヴェネツィアン・グラスで楽しむイタリアン・ジェラートとカプチーノを楽しみ、帰途に就いた時だった。

G駅の駅前にある交番の前で、20代半ばと思われる見知らぬ男が、
「すみません。G駅には どう行けばいいんでしょう」
と、氷河に道を尋ねてきたのだ。
場所が場所、質問内容が質問内容だったので、氷河は最初、それを何かの 悪ふざけ、冗談の類だと思ったのである。
あまりに似合いの二人を やっかんだ もてない男が、ふざけて 絡んできたに違いない――と。
最初から、その男はどこか挙動不審だった。
おどおどしていて、危ない薬でもやっているのでなければ、それこそ対人恐怖症の人間が 間違って外に出てしまいパニック状態に陥っているのではないかと思えるほど、動作に落ち着きがない。

そもそも、普通の人間は、道を訊くなら、優しい印象の瞬の方に訊くだろう。
それ以前に、駅前の交番がすぐそこにあるというのに、わざわざ見知らぬ一般人を掴まえて道を訊くのは不自然である。
瞬が、そんな不自然な男の相手を始めたのは、その男の振舞いを不審に思わなかったわけではなく、生来の優しさと親切心ゆえ。
何より、『何かあったら、氷河を守る』という氷河との約束を守らなければならないという気持ちが 先に立ったからだったろう。
瞬は、氷河を庇うように、その不審な男と氷河の間に立った。

「G駅は出入り口が たくさんありますから、どこを使えばいいか 迷われたんですか? G駅の どちらに行きた――えっ」
男の5メートル後方にある交番を指し示せば それで事が済むというのに、瞬が その男のために微笑を作る。
だが、そんな瞬の親切に、男は暴力で報いてきた。
男は 突然、くたびれた上着のポケットから 剪定バサミのようなものを取りだし、それを振りかざして 瞬に襲いかかってきたのだ。

「瞬っ!」
人通りの多い、日中の繁華街。
しかも、交番の目と鼻の先。
警官もびっくりの展開である。
周囲に悲鳴を響き渡らせたのは、暴漢に襲いかかられた瞬ではなく、駅周辺にいた一般の善良な市民たちだった。

たとえ 武器(?)を持っていたにしても、一般人の攻撃。
余裕で よけられたはずの瞬が 上着の袖を切られることになったのは、対人恐怖症の氷河を庇ったからだった。
瞬を狙っていたのか、氷河を狙っていたのか、今ひとつ 男の目標が定まっていなかったのが、確かな戦闘技術を備えた敵とばかり戦ってきた瞬には 災いしてしまったせいもあったようだった。






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