「なぜだ !? 俺は こんなにいい男で、若くて健康だ。10日もあれば、瞬と二人で暮らすための少し大きめの家を建てることもできるし、二人のための寝台なら1日で作ってみせる。もちろん、瞬を心から愛している。なのに、どうして瞬は俺を避けるんだ!」
その日も 氷河は、アルカディアの野で 特別に綺麗な花を摘み、素敵な花束にして瞬の家を訪ねたのに、居留守を使われて消沈して帰宅したのです。
瞬の家の戸口に置いてきた花束は、氷河が立ち去ったあとに こっそり 瞬が家の中に運び入れて ちゃんと飾ってくれているようなのですが、それだって いつまで続くかわかりません。
直接ではないにしても 氷河の贈る花を瞬が受け取ってくれているのは、瞬が花を嫌いではないから、あるいは、氷河に摘まれてしまった花に罪はないと思っているだけのことで、贈り主である氷河のことは やっぱり嫌いなのかもしれないのですから。

瞬のつれない態度の訳がわからなくて、帰宅するなり大声で 怒鳴り散らし始めた氷河に、
「その自信過剰振りが 鼻についたんじゃないのか」
と応じてきたのは、氷河の家族ではなく、数ヶ月前から氷河の家に居ついていた一羽のフクロウ――人間の言葉を話すことのできるフクロウでした。
氷河は、たった一人の肉親だった母を病で亡くしてからずっと一人暮らしをしていましたから。
ちなみに、神の祝福に満ちているアルカディアでは、そんなフクロウがいることは さほど珍しいことではありません。
氷河は これまでにも、神の機嫌を損ねたり、神の怒りを買ったりして、動物にさせられてしまった元人間たちに会ったことがありました。
なので、氷河は、フクロウが人間の言葉を話すことは奇異に思わず、彼が口にした言葉にこそ 機嫌を損ねたのです。

「そんなことがあるものか! 瞬は、これまでは いつも優しくて親切で、俺に会えることを喜んでくれているふうだったんだ!」
「気のせいだ」
人間の言葉で あっさり言って、わざとらしく『ホッホー』とフクロウの鳴き声で締めくくる居候の態度が 非常に不愉快。
氷河は少し向きになりました。
「貴様は、俺といる時の瞬の様子を見たことがないから、そんなことが言えるんだ。貴様は 明るいところでは目が見えないんだから、それも致し方ないことだがな。瞬は、それでなくても可愛いのに、俺が会いにいくと、ぱっと表情を明るくして、瞳を輝かせて、一層愛らしくなる。これまでは ずっとそうだったんだ。瞬は絶対に俺を好きなはずだ!」
「おまえの うぬぼれだったんだろう」
「所詮 鳥類の貴様には、人間の俺の気持ちはわからん!」

食堂と居間の間のはりにとまっているフクロウに吐き出すように そう言ってから、氷河は さすがに それは言い過ぎたかと、一瞬、自分の暴言を後悔しました。
右に くるり、左に くるりと首をまわす、フクロウ独特の頓狂な動作を見ているうちに、こんな滑稽な真似をするものが 人の言葉に傷付くことはないような気がして、氷河は すぐ その後悔を忘れてしまったのですけれど。
アルカディアの野で氷河が瞬に一目惚れした頃に 氷河の家に飛んできて、氷河の家の軒先に住みつき、それが いつのまにか家の中に入り込むようになった、生意気な このフクロウ。
追い出すのも面倒だったので、氷河は彼の好きにさせていましたが、彼は、自分は元は人間だったのだと言い張っていました。

フクロウの名は ポイニクス。
生まれは、アルカディアより ずっと西――エジプトにある砂の町。
そこで、何も悪いことはしていないのに、人間を動物に変える魔女キルケーのごとき邪悪な神に 魔法をかけられてしまったのだと、ポイニクスは言っていました。
氷河は彼の自己申告を いつも話半分で聞いていましたけどね。
ポイニクスの話を信じていないわけでも、疑っているわけでもなく――氷河は ただ、正体不明のフクロウの正体など どうでもよかったのです。
大事なのは瞬。
重要なのは瞬。
問題は、瞬の心でしたから。
なのに、それが わからない――掴めない――理解できないのです。
悲嘆の呻き声を洩らす氷河に、ポイニクスは、まるで感情の読み取れない声で、もう一度『ホッホー』と鳴き、首を180度 右に回して、顔だけ後ろ向きになってしまいました。






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