マリアへの報告は、『氷河は、天使のごとき美少女に片思いをしている』だけで済ませた。
タダ働きの調査で、それ以上の詳細情報は提供できないわ。

「片思い? あの氷河が?」
思いがけない言葉を聞かされて、マリアは目を剥いたけど、予想通り、マリアはそれで氷河を諦める気にはなってくれなかった。
諦めるどころか、マリアは、
「じゃあ、氷河は、その片思いの女の子に操を立てるために、ゲイだなんて嘘をついてるの? やっぱりゲイじゃないんだ!」
って、私の報告を喜びさえした。
むしろ、逆に大張り切り。
考えてみれば、私の報告は、『氷河はゲイじゃないし、決まった恋人もいない』って報告だものね。
往々にして 人間ってのは、自分に都合のいい情報だけを取捨選択するようにできてるものだし、マリアのこの反応も当然と言えば当然か。

私がマリアに提供した情報は、マリアの口から 瞬く間に氷河の店の常連たちに伝わってた。
彼女等は 今でも――以前にも増して足繁く氷河の店に通ってる。
ねえ、あんたたちは 確かに美人揃いで、自分に自信もあるんでしょうし、その前向きな姿勢は 私も嫌いじゃないけど、残念ながら 氷河の天使様には敵わないと思うわよ。
――てなことは、もちろん、私は誰にも言わなかった。
氷河の色香に迷ってる子たちには、何を言っても無駄だと思うから。
私は無駄なこと、無意味なことはしない主義なの。

とまあ、そんなこんなで。
私は氷河の謎を解き、私の好奇心は満たされたんだけど、今でも私は――私も、他の女の子同様――氷河の店に通い続けてる。
氷河の作るお酒は美味しいし、何より、瞬さんとのことがあってから、氷河の店は 私にとって格段に居心地のいい店になったのよね。

私が氷河の店に入ると、氷河は必ず、
「佐藤サヤカ。よく来た」
って、私の名を呼んで 歓迎の意を表してくれる。
『いらっしゃいませ』は どうしても言えないらしいけど、ちゃんと私の名前と顔を覚えてるってことを、毎回 律儀に示してくれるわけ。
氷河に名前を呼んでもらえるなんて、氷河の店では、超特別待遇。
女の子たちの羨望の目が快くて、その快感と優越感は それでなくも美味しい氷河のお酒を 更に美味しくしてくれる。
男たちに事業の成功や高収入を羨ましがられたことは何度もあるけど、私は、同性に羨ましがられた経験は、これまで皆無。
だから、氷河の店で 他の女の子たちの羨望の視線を一身に集める快感は捨て難いわ。

「瞬さんは元気?」
って訊くと、氷河は いつも私にカクテルをご馳走してくれる。
ジンベースの“トップ・シークレット”。
脅迫してるつもりはないし、『氷河が絶賛片思い中』っていう情報は、既に みんなにばらしちゃってるから、今更シークレットも何もないんだけど、氷河は、瞬さんに関する あれこれを余人に知られて 余計な騒ぎが起きる事態だけは避けたいらしい。
今は“トップ・シークレット”の氷河の恋が、いつか“ラ・ヴィ・アン・ローズ”になる日が来るといいんだけど。

にしても、これほど綺麗な男が片思いしてるなんて、世の中っていうのは 不思議なことであふれてるわ。
相手が あの瞬さんだから、瞬さんを間近で見たことがあるから、納得できてるけど、人づてに聞いただけだったら、私にも そんなことは信じられないかもしれない。
これこそ“百聞は一見にしかず”ってやつだわ。

これだけ女に群がられても、氷河は 瞬さんしか見ていない。
それって、どれだけ女に積極的に出られても流されない男もいるってこと。
学生時代の私には、瞬さんほどの魅力がなかった。
あの四股大馬鹿野郎にも、氷河ほどの情熱や執着心がなかった。
今まで、男ってのは みんな、ちゃらんぽらんの ど助平ばっかりだから、そんな奴等は 私の金儲けに利用されて当然って思ってたけど、どんなことにだって例外はあるわよね。

最近 私は、心機一転して、私だけの例外の男を見付けてみようかな〜 なんてことを考え始めてる。
そして 私も、誰かの例外の女になれるように。
そんな気持ちで周囲を見まわすと、世の中が違って見えるから不思議よね。
毎日 いろんなことがあって、いろんな出会いがあって――生きてるってことは、なかなか楽しい事業だわ。






Fin.






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