事の発端は、太陽神アポロンの軽率だったらしい。 音楽だの予言だの牧畜だの、あれこれ色んなものを司ってる太陽神アポロンは、医術の神でもあった。 そのアポロンが自分の息子アスクレピオスに優れた医術を授け、そのせいで冥府に行く死人が めっきり減り、それだけならまだしも 死人が生き返ったりした。 そんな状況に腹を立てた冥府の王ハーデスが、アポロンの父である大神ゼウスに アスクレピオスがやらかした数々の不都合を ご注進。 ハーデスの訴えを受けたゼウスは、アスクレピオスに雷電を投げつけ、その命を奪った。 息子を殺されたアポロンは怒り、だが、まさかゼウスに逆らうわけにもいかないので、ゼウスの雷電を作ったキュクロプスを 自分の弓で射殺した。 アポロンは遠矢の神でもあるからな。 キュクロプスには、とんだ とばっちりだったろう。 で、ゼウスは立場上、アポロンに罰を与えなきゃならなくなった。 そこまではいい。 そこまではいいんだ。 そこまでは、神々の間での単なる内輪もめだから。 でも、そのあとが よくなかった――全然 よくなかった。 逆恨みで逆切れしたアポロンを罰するなら、アポロン当人を監禁するなり、殺すなりすればいいのに、ゼウスはそうしなかったんだ。 孫を平気で殺してるんだから、息子可愛さのこととは思えない。 大神ゼウスといえど、アポロンの力は 侮れなかったってことなんだろう。 ゼウスはアポロンを直接 罰する代わりに、アポロンが守護するヒュペルボレイオスの国に罰を与えることにした。 それも、キュクロプスの作った雷電を地上に向けて適当に投げつけて、ヒュペルボレイオスの民を殺すって やり方で。 罰って何だ !? ヒュペルボレイオスの民が何をしたっていうんだ? たまたま アポロンが守護する国に生まれて、その国で暮らしてただけなのに。 ゼウスが天上から手当り次第に地上に向けて放った雷電から俺を庇って、俺のマーマは命を落とした。 マーマは、俺の目の前で ゼウスの雷電に身体を貫かれ、一瞬で燃え尽きてしまった。 あとには何も残らなかった。 ヒュペルボレイオスの都の神殿の広場のあちこちで、同じように 大勢の人間が燃やされ 消えていった。 たまたまゼウスの雷電を受けずに済んだ者たちは、何が起きているのかも わからず、ただ呆然と その場に突っ立ってることしかできなかった。 俺も その中の一人。 怒りや悲しみは、ゼウスの身勝手な罰が途絶えて長い時間が経ってから やっと、俺の中に生まれてきた。 なんで こんなことになるんだよ !? マーマは綺麗で優しくて、ヒュペルボレイオスの都の外れにある小さな家で、俺と二人で つましく暮らしてた。 どんな罪も犯したことはなかった。 神々だって、ちゃんと敬ってた。 なのに。 ゼウスとアポロンの くだらない いさかいのせいで、俺のマーマは死に、俺は一人ぽっちになってしまったんだ。 マーマの死は 避けられない運命だったんだと、大人たちは俺に言った。 神にどんなことをされても、人間には 神に抗う力はないんだから、その運命を受け入れ 諦めるしかないんだ――って。 運命には――神には 逆らえない。 だから諦めろって。 運命なんか糞食らえだ! 理不尽なゼウスの やり方には もちろんのことだけど、諦め 受け入れるしかないって言って、実際 それしかしない大人たちの不甲斐なさにも、俺は腹が立った。 何が運命だよ。 ただの神々の身勝手、やりたい放題じゃないか。 マーマを殺されたのに、そんなの 黙って受け入れたりなんかできるわけないだろ! 俺は、俺に諦めろって言う大人たちに、そう怒鳴り返してやりたかった。 でも、そうできなかった。 俺に 諦めろって言う大人たちも、自分の父母や子供たちをゼウスに殺されてたから。 俺に諦めろって言いながら、大人たちは その言葉を自分自身に言いきかせてるんだってことが わかってたから。 悪いのは人間じゃない。 諦める人間じゃない。 人間にはない力を持ってるからって、その力で人間に対して好き勝手する神々の方なんだ。 神なんか、みんな殺してやりたい。 ゼウスも、アポロンも、みんな、みんなだ。 でも、俺は たった8歳の子供で――しかも、マーマを失って孤児になったばかりの子供で――何の力も持ってない。 神を殺すどころか、神に抗う術すらない。 マーマの仇がどこにいるのかも知らない。 たった一人で、これから どうやって生きていけばいいのかすら わからない無力な子供。 俺は、そういうものになってしまったんだ。 |