ところで、氷河王子と一緒に 氷河王子の春の美少女を捜しまわった侍従長は、お城に帰るなり、今日あった出来事を 他の家臣たちに知らせました。
その春のような美少女は、引きこもりニート状態の氷河王子を目覚めさせてくれる春の妖精かもしれないのです。
氷河王子の自発的積極的行動についての報告を受けた家臣たちは、期待に胸をふくらませている侍従長以上に大興奮。
何が何でも その美少女を見付け出すことを、彼等は、反対数0の絶対多数で決定しました。
氷河王子が国民に『NO』を突きつけられるようなことになったら、彼等の立場も危うくなります。
彼等には、自分の地位や身分の名誉や財の他に、家族という、守りたいものがありました。
大切なもの、失いたくないものを持っている人間は 誰もが、自分の大切なもの、失いたくないもののために、どんな絶望的な状況にあっても 懸命に力を振り絞り、最後の最後まで諦めず、足掻き続けるもの。
彼等は 本当に必死だったのです。

引きこもりのニート王子だって、そうだったんです。
お母様が生きていた頃は。
お母様のために 一生懸命。
途中で諦めること、投げ出すことは、みっともないこと。
負けたくない、諦めないという気概が ありました。
お母様を亡くして、あらゆることへの執着を失い 投げ遣りになってしまった氷河王子は、もしかしたら、革命が起こって 国民に無能王子としてギロチンにかけられても 平気なのかもしれません。
けれど、家臣たちは そうはいかない。
そのためには、氷河王子に 執着できるものを持たせなくては。
家臣たちは、草の根を分けてでも、国中の大地を すべて掘り返してでも、氷河王子の春の美少女を探し出すつもりでした。

けれど。
氷河王子の 春の美少女は、至極あっさり見付かったのです。
最初、氷河王子の家臣たちは、問題の美少女が“春のよう”だということ以外、全く情報がなかったので――名前はおろか、髪の色も 瞳の色も 背格好も、氷河王子は憶えていなかったので――問題の美少女を見付け出すのは至難のわざだと思っていました。
けれど、氷河王子が 問題の美少女を見掛けた通りで、氷河王子の家臣たちの放った調査員たちが、
「春のような美少女に心当たりはないか」
と聞き込みを始めますと、訊かれた街の者たちは その全員が口を揃えて、
「瞬先生のことかなあ……」
と答え、調査員たちが その瞬先生のところに行ってみると、実際“春のような美少女”が そこにいたのです。
氷河王子の言う“春のような美少女”は“瞬先生”で間違いないと、彼等は確信しました。

瞬先生は、学校の教師でも 代議士でも 聖闘士の育成者でもありませんでした。
もちろん、年長者という意味でもなく――瞬先生は どう見ても10代半ばの少女。
瞬は、親のない子供たちを集めた養護施設に隣接している小さな診療所の老医師の許で その助手をしながら お医者さんになる勉強をしていたので、街の皆に“瞬先生”と呼ばれていたのでした。
瞬先生は優しく親切で、医者としての知識も ちゃんとしたお医者さんのそれと遜色なく、診療費を出せない貧しい者たちの診療もしてあげていたので、皆に頼られ 慕われていたのです。
お金を持っていない者たちに薬を出すことはできないのですが、そういう時には ただで手に入る薬草を教えてやり、街には瞬先生に命を救われた貧しい者たちが幾人もいました。
その姿は、まさに春のように初々しく可憐。
親切で同情心に篤く、邪まな野心も野望もない清楚な美少女。
瞬は裕福なわけではなく、貴族でもありませんでしたが、その方が かえって氷河王子の伴侶には適当だと、家臣たちは思ったのです。

よくよく調査員たちの報告を聞くと、瞬は美少女ではなく美少年だったのですが、そんなことは氷河王子の家臣たちにはどうでもいいことでした。
彼等が欲していたのは、氷河王子を現在の ぐうたらニート状況から引っ張り出してくれる人であって、王国の後継ぎなんかではありませんでしたから。
氷河王子が好意を持ち、執着し、この人に褒めてもらうためになら 国民に愛される王子になろうと思うような人。
氷河王子の家臣たちが欲していたのは、そういう人材だったのです。
善良で、邪悪な欲を持っていなければ、春のような美少女が 春のような美少年でも、彼等は一向に構いませんでした。
それこそ、夏のような美幼児でも、秋のような美中年でも、冬のような美老人でも、氷河王子の家臣たちは全然 構わなかったのです。
氷河王子が、一国の王子として正しい道を邁進する動機になってくれる人でありさえすれば。


氷河王子の春の美少女 改め 美少年についての報告を聞くと、氷河王子の家臣たちは 早速、総理大臣、財務大臣、外務大臣、軍務大臣、産業大臣に侍従長、その他4名から成る、氷河王子更生使節団を結成。
瞬の住む小さなアパートメントに行き、
「氷河王子の ぐうたらニート病を治してほしい」
と言って、瞬を お城に招聘しょうへいしました。

錚々たるメンバーから成る使節団の来訪に びっくりした瞬は、最初のうちは、自分は医者として まだまだ未熟で、王族を診療治療するようなことは到底無理だと、使節団の招聘を固辞していました。
けれど。
氷河王子を除けば この国で最も偉い人たちの、『すべては国のため、王子のため、国民のため』という、涙ながらの訴え。
その上、『もし 招聘に応じてくれたなら、その報酬として、古くてぼろぼろになっている診療所の設備拡充と最新化のための多額の補助金を約束しよう』という、瞬にとっては願ってもない申し出。
瞬は、最後には、(いかにも自信なさげにではありましたが)使節団の招聘に応じてくれたのです。






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