「兄さん、兄さん、兄さん……!」 この先、アンドロメダ座の聖闘士が どれほど強大な力を持つ敵に出会い、どれほど苛酷な戦いを戦うことになろうとも、戦いたくない戦いを戦い、傷付けたくない人を傷付けることになろうとも、瞬が これほど悲痛な悲鳴をあげることはないだろう。 たとえ、瞬自身が命を落とすことになる戦いにおいてですら、瞬が これほど悲しい声を生むことはないだろう――。 それほどに悲しい声。 聖闘士の証である聖衣を手にして 故国に帰ってきたばかりだというのに、聖闘士としての人生を 今 歩み始めたばかりだというのに、その人生における最も過酷な戦いを、瞬は もう経験してしまったのだ。 そうであることを、瞬の仲間たちは信じて疑わなかった。 兄と再会することだけを 心の支えにして 厳しい修行を耐え抜いたのだろうに、ついに再会できた兄は 瞬の敵となり、瞬の命を奪おうとし、そして、瞬と瞬の仲間たちによって、その命の火を消されてしまった。 谷を走り抜けていく非情な風。 その風は、瞬の悲しい叫びを乗せて、あっという間に どこかに消えていってしまったのに、瞬の悲しい声は いつまでも瞬の仲間たちの耳の中で消えることはなかった。 瞬は、いつまでも兄の死の悲しみから立ち直ることができずに このまま泣き暮らし、もはや聖闘士として戦うことはできなくなるのではないか――。 瞬の仲間たちは、そうなることを懸念したのである。 幸か不幸か、瞬の仲間たちの懸念は杞憂に終わり、現実のものにはならなかった。 瞬は、兄の死の後も、生きることと戦うことを選び、決意し、その決意の通りに生き、戦うことを続けてくれたのである。 とはいえ、そんな瞬の様子を見ていても、瞬の仲間たちは全く 心を安んじることができなかったのであるが。 ただ一人の兄を失ったというのに、生き続け、戦い続ける瞬の姿。 それは 逆に、彼等の懸念を 更に深いものにした。 兄の死を悼む涙は すべて殺生谷で流し尽くしてきたというかのように、城戸邸に戻ってからの瞬は、誰にも涙を見せなかった。 仲間たちの前では 気丈に振舞い、時に笑顔を見せることさえあった。 しかし、ふとした時に見せる虚ろな表情。 何を考えることもできず、魂が抜けたように ただ ぼんやりと虚空を眺めている瞬の横顔。 瞬は、緩慢な死を受け入れ、静かに 最期の時を待っている。 瞬の仲間たちの目には、時に完全に生気を失う瞬の姿が そんなふうに映ったのである。 生きることを諦めているから、瞬は、兄の死に取り乱すこともなく、穏やかな微笑を浮かべ続けているだけなのだ。 瞬の仲間たちには、それがわかった。 嫌でも感じ取れた。 ただ一人の肉親、そして、唯一の希望、生きる理由。 瞬は、そんな大切なものを失ってしまったのだ。 『元気 出せよ』 そんな一言をすら、瞬の仲間たちは 瞬に言うことができなかった。 静かに 穏やかに 死に向かって時を過ごしている瞬を、自分たちは ただ黙って見詰めていることしかできないのかと 忸怩たる思いで、瞬の仲間たちは、瞬が虚ろな笑顔で作る重苦しい沈黙を、それこそ息を詰めて見守っていたのである。 ある日、その沈黙を破ったのは 白鳥座の聖闘士だった。 |