氷河と同じ 青い瞳のマーマ。 氷河の、綺麗で優しいマーマ。 氷河の大好きなマーマ。 どうにかして 氷河を彼のマーマに会わせてやる方法はないものかと、午後のトレーニングの間中、瞬は そればかりを考えていた。 「瞬の奴、今日は 全然 泣かないな」 「泣かないどころか、縄跳び500回、1度も つかえずに跳んでみせたし、腹筋100回も さっさと終わらせたし」 「俺とのスパーリングも、ふらふら よけて、一度もヒットさせてくれなかったぞ。いつもよりずっと、ぼーっとしてたのに。何だ、あれ」 仲間たちが瞬を見て ひそひそ何か言っていたが、彼等の声や様子は 瞬の耳にも目にも入らなかった。 氷河をマーマに会わせてやる方法を瞬が思いついた――思い出したのは、トレーニング終了時刻 直前。 瞬が思い出したのは、城戸邸に来る前に暮らしていた教会で読んだことのある1冊の絵本。 露草ではなく桔梗の花が出てくる、『きつねの窓』という1冊の絵本だった。 キツネが化けた染物屋に、桔梗の花の青い汁で、その指を染めてもらう。 その指で窓の形を作って 中を覗き込むと、その窓には 会いたい人の姿が映る――。 そんな物語が記された絵本。 そんな素敵な窓を作ることが出来たら どんなにいいだろうと、初めて その絵本を読んだ時には、瞬は胸を躍らせた。 もっとも、瞬の その歓喜は すぐに しぼんでしまったのだが。 そんな素敵な窓を作る指を与えられても、自分は会いたい人に会うことはできないだろうと、瞬は思ったのである。 会いたい人――瞬が物心ついた時には もういなかった両親の顔を、瞬は憶えていなかった。 憶えていない人の姿は、きつねの窓には映ってくれないだろう。 瞬はそんな気がしたのである。 もし映ったとしても、瞬はそれが自分の両親だと確かめることもできない。 「でも……」 氷河は、マーマの姿を憶えているだろう。 もしかしたら、今 生きて 彼の側にいる仲間の顔より鮮明に。 きつねの窓を作ることのできる指を手に入れれば、氷河なら きっと 彼のマーマに会えるに違いない。 そう考えて、だが、瞬は はたと困ってしまったのである。 きつねに頼んで 窓を作ってもらいたくても、そもそも きつねというものがどこにいるのかを、瞬は知らなかったのだ。 どこかにはいるのだろうが、瞬と その仲間たちは城戸邸に拘禁されている虜囚のようなもので、自由に城戸邸の外に出ることは許されていなかったから。 それでも諦めきれなかった瞬は、紫龍の許に訊きにいったのである。 いったい何の役に立つのか わからないようなことを色々と知っている紫龍なら、何か いいアイディアを思いついてくれるかもしれない。 そう期待して。 「紫龍、紫龍。きつねって、どこにいるの。どこに行けば、会えるの」 「きつね?」 瞬に問われた紫龍は、瞬は急に何を言い出したのかと訝っているような目を、泣き虫の仲間に向けてきた。 「うん。叶えてほしい願い事があるの」 瞬が きつね探しの理由を告げると、合点のいったような顔になる。 「お稲荷さんのことか。この近所にはなかったと思うが。あったとしても、そんな理由では、出掛けることを許してはもらえないだろうし」 「あ……」 願い事を叶えてくれる きつねは、やはり どこかにいるらしい。 だが、紫龍の言う通り、“願い事を願いに行く”という理由で、城戸邸の大人たちが瞬に外出を許してくれるとは、瞬にも思えなかった。 「うん……そうだよね……」 肩を落とした瞬を見詰める紫龍の目が、一層 気の毒そうな色を帯びる。 もしかしたら 苦し紛れの思いつきだったのかもしれないが、紫龍は瞬に お稲荷さん詣での代替案を示してきた。 「願い事なら、お稲荷さんの代わりに 星に願ってみたらどうだ? 確か、白鳥座の近くに、こぎつね座という星座があったはずだ」 「星……?」 願い事を 星に願う。 それは瞬には慣れ親しんだ行為だった。 瞬自身は、自分の願い事は いつも星に向かって願っていた。 その願い事が叶ったことは、これまで ただの一度もなかったが。 せっかくの紫龍の提案に、瞬は、だから、少し しおれてしまったのである。 が、『こぎつね座という星座がある』という紫龍の言葉は、瞬の胸に 僅かな希望を運んできてくれた。 これまで瞬は、星に願い事を願う時、漠然と夜空の星を眺めて 願い事を口にしていた。 しかし、空には無数の星がある。 星たちは、これまでは誰も、それが自分への願い事だと気付いていなかったのかもしれない。 それを 他の星への願い事なのだと思い、瞬のために何もしてくれなかったのかもしれない。 だが、名指しで願い事を願ったら。 星は気付いてくれるかもしれないではないか。 こぎつね座の星は、きっと気付いてくれる。 「うん。紫龍、ありがとう! 僕、やってみるね!」 瞬は、紫龍に礼を言い、その足で図書室に向かって駆け出した。 何はともあれ、こぎつね座の場所の確認。 瞬は紫龍の提案を試してみることにしたのだった。 |