What Color Is Love ?






神話の時代。人間の世界に“国家”という概念が形成されつつあった頃。
ギリシャが まだ 一つの国ではなく、やがてポリスと呼ばれることになる小さな共同体のような国々が 幾つも点在していた頃。
それぞれの国の王位継承に関して 明文化された継承法がなく、それが 主に 慣習と武力と知略、そして 神の意思によって為されていた頃のことです。

氷河は、ギリシャの北辺にある シビルという国の王子でした。
国王だった父君は、氷河が物心ついた時には亡くなっていたのですが、その後は、氷河王子の母君がシビルの国の女王として即位。
父君がいない分、氷河王子の母君は それはそれは慈しんで氷河王子を育て、氷河王子も優しく美しい母君を心から愛していました。

父君がいないとはいえ、一国の王子。
氷河王子はシビルの国の女王である母君の愛に包まれ、物質的にも非常に恵まれた生活をしていました。
立派な お城に住み、綺麗な服を着て、美味しいものを食べ、多くの家臣たちに ちやほやされて。
シビルの国で最も美しい女性は 女王陛下、最も美しい男性は氷河王子。
二人の金色の髪は、神々しい陽光のよう。
二人の青い瞳は、地上世界を覆う青く清々しい空のよう。
国中の者たちが 口を揃えて そう言い、氷河王子も そうであることを信じて疑っていませんでした。
実際、氷河王子の目に シビルの国の女王である母君は 誰よりも美しい人に見えていましたから、母君を『美しい』と褒め称える人々が、同じ口で『美しい』と褒め称える自分もまた、母君同様 美しいに決まっていると、氷河王子は信じていたのです。
そのこと自体は おかしなことではありませんし、理に適ったことでもあったでしょう。
氷河王子は幸せな息子で、幸せな王子で、しあわせな人間でした。
氷河王子が18歳になってまもなく、氷河王子が誰よりも愛し、氷河王子を誰よりも愛してくれていた母君が、病を得て亡くなるまでは。

母君の死で、氷河王子の生活は一変しました。
ただ一人の肉親である 最愛の母君を失ったのですから、氷河王子の心情の変化は言うまでもないことですが、変わったのは それだけではありません。
実はシビルの国には、王位継承に関して、一つの慣習があったのです。
国王が亡くなった時、次の国王は、亡くなった王の親族の中で 最も王に近しい人間が継ぐ。
ただし、新王は 20歳以上でなければならないという慣習――むしろ、決まり――が。
母君がなくなった時、氷河王子はまだ18歳。つまり、20歳未満でした。
氷河王子はシビルの国の王位を継ぐための条件を満たしていなかったのです。
そして、氷河王子には 他に親族はいませんでした。
もし氷河王子に――亡き母君に――20歳以上の親族がいて、その人物が王位に就いていたら、氷河王子は新王の親族として、母君存命の頃と同じ生活を続けることができていたかもしれません。
けれど、現実は そうではありませんでした。
そういうわけで、氷河王子は、母君の死によって、シビルの国の王位とは全く無関係な一市井人となってしまったのです。

王位を継ぐことのできる親族がないまま国王が亡くなった時、シビルの国民は、神託を仰いで新王を神に決めてもらうことになっていました。
そして、従来の王室に連なる者は、その王位継承に禍根を残さないために、神によって 他国に運ばれ、その地で新しい人生を生き始めるのです。

氷河王子は 生まれた時から何不自由のない生活を続けてきましたし、一国の王子として 皆に ちやほやされていましたから、苦労らしい苦労を知らず、そのため 少々 我儘で傲慢なところがありました。
もしかしたら、シビルの国の新王を決めた神は、氷河王子の そういうところを、あまり好ましいことと思っていなかったのかもしれません。
氷河王子のためにも よくないことと思い、その欠点を正そうと考えたのかもしれません。
神は、王子でなくなった氷河王子を、シビルの国から最も遠いところにある国に運び、そこで新たな人生を生きていくようにと、氷河王子に言ったのです。

随分 乱暴で理不尽な話だと思う人もいるかもしれませんが、人間の人生なんて、誰の人生も そんなもの。
そもそも 人間というものは、王子様や王女様として生まれたいと望んでも、必ずしも 王家に生まれ落ちることはできません。
人は、運命によって与えられた環境・境遇の中で、懸命に生きていくしかないのです。
実際に、人は、誰もが そんなふうに生きています。
氷河王子は、少なくとも 母君が亡くなるまでの十数年間を、物心両面で恵まれた日々を過ごしてきたのですから、他の人々に比べれば 幸福な運命を与えられた人間だったということができるでしょう。
最初から貧しい家の子供に生まれていた方が、零落の悲哀を知らずに済んで、むしろ幸せだったかもしれない――という考え方もありますけれどね。
ともあれ、そういう経緯で、王子で亡くなった氷河は、生まれた国から遠く離れた国で、たった一人で生きていかなければならなくなったのです。

氷河が神によって運ばれたのは、ギリシャの東の端にある オオヤシマという国でした。
オオヤシマの国の国王は、黒い髪と黒い瞳。氷河より少しだけ年上の若い男性でした。
彼は、王の玉座の前に立つ氷河を見て、いかにも不本意そうに言いました。
「神に引き取るように言われたから、仕方なく引き取ったんだ。おまえのように醜い男は、(うまや)の片隅でロバの世話でもしていろ。寝るところだけは、城の庭の隅にある小屋を貸してやる」
と。

「なに?」
氷河は、自分が何を言われたのか、すぐには理解できなかったのです。
押しつけられた異邦人を歓迎しないオオヤシマの国王の気持ちは わかります。
国にも王にも どんな益も もたらさない人間を 国王が冷遇するのも、ある意味では合理的。
それはわかるのです――わかりました。
けれど、『醜い』とは、どういうことでしょう。
生まれて この方、誰にも そんな言葉を投げつけられたことがなかった氷河には、オオヤシマの国の王の言う『醜い』という言葉の意味するところが 全く理解できなかった――合点がいかなかったのです。
自分を醜いと言うオオヤシマの国王を、氷河自身は美しいと思うことができなかったので、なおのこと。

オオヤシマの国王が そう言った訳は、氷河にも まもなくわかりました。
オオヤシマの国王は 黒い髪と黒い瞳の持ち主だったのですが、それは国王だけのことではなく――実は、オオヤシマの国民は誰もが 黒い髪と黒い瞳の持ち主だったのです。
そういう人間をしか見たことのないオオヤシマの国王の目には、金色の髪と青い瞳の持ち主である氷河の姿が、異質で異様なものに見えたのでしょう。
氷河は、オオヤシマの国の民の誰とも違う姿をしていたのですから。

氷河を醜いと感じるのは、国王だけではないようでした。
オオヤシマの国の人間は 誰もが、氷河の姿を見ると、最初は驚き、次には、不愉快そうに眉をひそめました。
人間というものは 大抵は、自分を醜いとは思いたくないもの。
黒い髪と黒い瞳の人間しかいないオオヤシマの国で、オオヤシマの王や民が、黒い髪と黒い瞳こそが最も美しいと信じているのは 当然のことだったかもしれません。
彼等は、意地悪でも 嘘でもなく、心から氷河を醜いと感じるのでしょう。

オオヤシマの国民の誰もが、自分たちと違う色の髪と瞳でできている氷河の姿を気持ち悪がりました。
子供や女性の中には、氷河に出会うと、自分たちとは違う氷河の姿に怯え 恐がって逃げ出す者もいましたし、男たちの中には、氷河を見下し罵倒する者もいました。
武器を持ち出して、氷河を近辺から追い払おうとする者さえいたのです。
氷河は、身体を鍛えていましたし、王子として 我が身を守るための技――剣術、弓術、体術等――も身につけていましたので、それで傷付けられるようなことはありませんでしたけれども。
とはいえ、お情けで国内にいることを許されている立場上、自分を傷付けようとする者たちに反撃することは、氷河には許されません。
醜い異邦人を追い払おうとする人に出会うと、氷河は 素早く そこから逃げ出さなければならないのです。

仮にも一国の王子だった者に対して、何という屈辱でしょう!
オオヤシマの国の民の誰からも 見下され、虐げられ続けて――こんな国、こんな状況で、残りの命を生きていかなければならないのかと、氷河は自分の人生に失望したのです。
戦士が騎乗する馬なら ともかく、荷物運びしかできないロバの世話なんて仕事、馬鹿らしくてやっていられせん。
いっそ 自分を虐げる者たちに反撃して、罪人として処刑された方が どれだけましかと、氷河は そんなことまで考えるようになっていました。






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