「紫龍……。俺、今 ここで何が起こってるのか、全然 理解できてねーんだけど」
同じ部屋の中に、自分たち以外の人間がいることを意識してすらいない様子で、氷河と瞬は 互いに互いを見詰め合っている。
何も言わずに、いったい 二人は互いの上に何を見ているのか。
命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間たちを、いっそ すがすがしいほど無視してくれている氷河と瞬。
その展開に ただただ呆然としていた星矢が なんとか口をきけるようになったのは、氷河と瞬が見詰め合うことを始めてから、星矢の主観で数十秒、客観的には数分の時間が経ってからだった。
星矢ほどには動じていないらしい紫龍が――彼は こうなることを察していたのかもしれなかった――星矢のために現況を説明する。

「氷河が瞬に好きだと告白して、瞬もそれを承諾した――のかな」
星矢は、しかし、紫龍の親切に 謝辞も返してこなかった。
「違うだろ! 氷河は、それがマーマの予言だから、瞬は死ぬまで自分と一緒にいるべきだって主張して、瞬は 必ず そうするって、氷河に約束したんだろ!」
「ちゃんと わかっているじゃないか」
せっかくの親切を一蹴された紫龍が、星矢の怒声に両の肩をすくめる。
「わかったりしたくないんだよ、俺は!」
わかりたくないから、わかっているのに わからない振りをする。
星矢が逃避行動――逃避だろう――に走る気持ちは わからないでもないが、だからといって現実から目を逸らしても何にもならない。
紫龍は、現実を、星矢に指し示した。
「しかし、それで話は決まったようだ」
紫龍に示された現実を見据えた星矢は、それでも――だからこそ、自らの不満を抑えられなかったのである。

「何が、マーマの予言だよ! なんで こんなことになるんだよ!」
「母の愛は偉大だから――かな」
「母の愛が偉大だから !? 何だよ、それ! 氷河の愛が偉大なのなら、俺だって文句は言わねーけど、こんなことまでマーマ頼みなんて――瞬、本当にそれでいいのかよ!」
最後の悪足掻きといった(てい)で、ほとんど非難の声音で、星矢は瞬を怒鳴りつけたのである。
が、瞬の耳には、星矢の声は全く聞こえていないようだった。
瞬は、美しい夢を夢見ているように うっとりした眼差しで、氷河の瞳を見上げ、見詰めている。
まるで、そこに、氷河の母と、顔も覚えていない瞬自身の母――すべての母なる者の面影を求め、辿っているかのように。

母の愛が偉大すぎて、命をかけた戦いを共に戦ってきた友の友情ごときでは、到底 太刀打ちできそうになかった。






Fin.






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