「じゃあ、話は それで決まり。星矢、紫龍。一輝と瞬に、聖域を案内してあげて。いずれ、私の聖闘士として 共に戦うことになる、あなた方の仲間よ。瞬の部屋は、万一のことを考えて、アテナ神殿の中に用意させるわ」
傷心の俺とは対照的に、アテナは、ハーデスの手から瞬を奪取し、新たに二人の聖闘士まで確保できて、満悦至極の(てい)
万一のこと?
それは、ハーデスが 懲りずに瞬をつけ狙う可能性を言っているのか、それとも、俺が瞬に何をしでかすか わからないという意味か。
もし 後者なら――もし後者でも、嫌味を言い返す気力も 今の俺にはない。
瞬と一輝が 星矢たちと共に玉座の間を出ていくと、俺は それまで無理に気を張って緊張を保っていた身体から、どっと力を抜いたんだ。

10年越しの恋に破れた俺の心身は、立っているのも 困難なほど弱りきっていた。
アテナは、そんな俺の傷心を慰めてくれるのか(まさか)、満身創痍ならぬ満“心”創痍での俺の任務遂行を ねぎらってくれるのか(それは、あり得るかもしれない)、それとも 更にいたぶるつもりなのか(大いに あり得る)。
その どれであっても、今以上に俺が打ちひしがれることはないぞ。
俺は、そう思っていたんだが。
アテナは、俺の どの予想とも違う言葉を、俺に投げてきた。

「氷河。瞬が男子だったなんて、そんな些細な理由で、自分の恋を諦めるつもりではないでしょうね?」
そう、アテナは言ったんだ。
「10年間ずっと 瞬だけを 思い続けてきたんでしょう? それほどの思いを 諦めてしまうなんて、私の聖闘士のすることではないわよ」
と。

「アテナ……」
「アトス自治修道士共和国はギリシャ正教――創唱宗教であるキリスト教の国、同性愛は禁じられている。でも、ギリシャの自然神が支配する国には、禁忌なんかないわ。同性愛だろうが、異性愛だろうが、もちろん 恋を拒み通すことだって、個人の勝手、それぞれの価値観で決めればいいこと。そして、私の聖域は 愛という掟に支配されている場所よ。禁じられているのは、愛を貶めること、愛を軽んじることのみ。氷河。あなたの瞬への思いは、そんなに簡単に諦められる程度のものだったの?」
「違う!」
「ええ。もちろん、そうよね」

アテナが、にこやかな微笑を俺に投じてくる。
さすがは(悪)知恵の女神。
一輝には あんなことを言っておきながら、見事な二枚舌だ。
ここで、この恋を諦めるなと言ってくれるアテナだから、俺はアテナに逆らえないし、彼女に従うんだ。

「瞬への俺の思いは永遠だ。俺は絶対に瞬を諦めない。ハーデスにも渡さない。一輝の邪魔立ても蹴散らしてやる!」
俺の生涯をかけた決意表明を、
「せいぜい、頑張りなさい」
アテナは、無責任にも思えるほど 楽しそうな声音で鼓舞鞭撻してきた。
だが、今の俺に その言葉ほど嬉しい言葉はない。
その言葉ほど、勇気と希望を与えてくれる言葉もない。

その言葉を当たりまえのように言ってのけるアテナだから、俺は彼女を信じるし、俺は彼女のために戦う。
こんなふうにして、ただの聖闘士は、アテナの聖闘士になっていくんだ。






Fin.






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