「まったく、老師の子供じみた好き嫌いにも困ったものだ」
童虎が守護する宮を出て 仲間たちの許に戻ろうとした紫龍を、アテナ神殿のファサードで 最初に出迎えたのは瞬だった。
龍座の聖闘士の渋面を見てとった瞬が、気遣わしげに声をかけてくる。
「紫龍、何か悩み事? 僕でよかったら、相談に乗るよ」

紫龍は 決して、それを“悩み事”と言えるほど大層な問題だと思っていたわけではなかった。
だが、いつも誰かの力になりたくて うずうずしている瞬を、『何でもない』の一言で 退けるようなこともしたくない。
紫龍は、だから、悩み相談というより、あくまで確認のために、
「瞬。おまえは、酢豚のパイナップルをどう思う」
と、瞬に尋ねたのである。
「酢豚のパイナップル? すごく おいしいよね。僕、大好き!」

瞬の答えは、いささかの逡巡もない即答だった。
元気に明瞭に答えてから、瞬が怪訝そうな目で仲間の顔を覗き込んでくる。
「紫龍、そんなことを悩んでいたの?」
「いや。悩んでいたのは、老師の好き嫌いだ。おまえが そう言うなら、酢豚のパイナップルは正義に決まっている」
「もちろんだよ!」
「ああ。訊くまでもないことだったな」

それは、訊くまでもないことだったのだ。
瞬が好きだというものを、氷河や一輝が否定するはずもなく、星矢は、料理に関しては量も具材も“多きをもって 尊しと為す”男だった。
瞬が邪欲も我欲も持たない清らかな人間であることは、神の折り紙つき。
当然、瞬は正義である。
ゆえに、青銅聖闘士たちの間では、酢豚のパイナップルは 紛う方なき正義ということになっていた。
「そうとも。酢豚のパイナップルは正義だ」
瞬が正義だと言うなら、それは正義なのだ。
その事実を確認し、確信し、紫龍は 瞬の前で力強く頷いたのである。


天秤座の黄金聖闘士は、聖闘士の善悪を判断する要の聖闘士。
そして、いずれ その聖衣を受け継ぐことになる男は、事物の正邪・善悪をそのように判断する男だった。
独断ではなく、信頼できる仲間に諮って。
聖域の正義、聖闘士の正義は、そんなふうにして決められるのである。






Fin.






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