「ところで、おまえたちは いつのまに そういうことになっていたんだ」 紫龍が 氷河たちに そう訊いてきたのは、その日が瞬の誕生日だったから――ではなかっただろう。 その日が、瞬の命の最後の日だということを 彼が知っていたからでもなく、ましてや その日が重陽の節句だったからでもない。 察しのいい紫龍が、二人の仲間の関係に変化が生じたことに、これまで全く気付いていなかったはずがないのだ。 それでなくとも、ここのところ毎日――毎朝、二人は揃って仲間たちに『おはよう』を言っていたのだから。 「5日前からだ」 悪びれた様子もなく 氷河が答えると、その返事に覆いかぶさるように、 「うえぇぇぇ〜っ!」 という星矢の声がラウンジの中に響き渡る。 発する人間も不快そうだが、聞かされる人間の耳にも快くはない星矢の呻き声。 タイミングがタイミングだっただけに、瞬は その声に不安そうに身体を縮こまらせ、氷河は 星矢を殴りつけるために、その拳に力を込めた。 「違うっ。おまえが ガキの頃から瞬にいかれてたのは、俺も知ってるし、おまえと瞬が くっついたのはめでたいことだと、俺も思ってる! でも、とにかく 今、俺に へたな刺激は与えるなっ!」 氷河が何をしようとしているのかを察知した星矢は、慌てて両手を前方に突き出して、氷河の軽挙を思いとどまらせようとした――ようだった。 突き出した両手を すぐさま自分の方に引き戻し、その手で自らの口をふさぐ。 星矢は、心底から、“へたな刺激”を恐れているらしい。 かつ、今の星矢には、彼自身が発した 悲鳴じみた その声さえ、十分に“へたな刺激”だったらしい。 星矢の不快を極めた呻きと悲鳴は、どうやら、彼の同性の仲間二人が 特別な関係になったためのものではなく、別の理由があって生まれたものであるようだった。 そして、実は、紫龍が今朝になって 突然、二人の仲間の関係の変化に言及したのも、星矢の不快の原因から 彼自身の意識と話題を逸らすための行為だったらしかった。 「何でか わかんないんだけど、俺、フライドチキンと鶏の唐揚げのどっちが美味いのかってことが、急に ものすごーく気になりだしてさ。それで 夕べ、食べ比べてみたんだけど、どーにも甲乙つけ難くて、でも、どーしても答えを出したくて、んで、意地になって食べ比べてたら、食べ過ぎで 胸焼け起こして、それが一晩過ぎても治まらなくて、死ぬほど気持ち悪くて、ちょっと突かれただけでも吐いちまいそうなんだよ、今の俺は……! うえぇぇぇ〜」 「……」 星矢が胸焼けを起こすほどの大量の揚げ物。 想像しただけで、瞬は胸焼けを起こしてしまいそうだった。 「星矢ってば、どうして そんなことするの……」 「謎を謎のままにしとくのが嫌なんだよ、俺は!」 「謎も何も、フライドチキンと 鶏の唐揚げって、同じものでしょう。英語か日本語かの違いしかない。どっちも鶏肉を油で揚げたものだよ」 「んなはずないだろ! 実際、夕べ、俺が食べたフライドチキンと鶏の唐揚げは違うもんだったし!」 「それは目玉焼きにソースをかけて食べるのと お醤油をかけて食べるのとでは 味が違うっていうことと同じだよ。ローストチキンとフライドチキンなら調理法が違うから別物だけど、フライドチキンと鶏の唐揚げの食べ比べなんて、開いたサンマと丸ごとのサンマを食べ比べてるようなものだよ」 「……」 具体例を出して説明されると、妙に説得力がある。 「じゃ……じゃあ、夕べの俺の苦労は……」 説得されたくはないが 説得されないわけにはいかず、納得したくはないが 納得せざるを得ない。 「あ……なんか 俺、胸焼けが ますます ひどくなってきた……」 それまで何とか気を張って倒れずにいた星矢の気力も、そこが限界。 星矢は幾度目かの呻き声をあげ、どさりと三人掛けのソファに仰向けに倒れ込んでしまったのである。 「あ……」 ダウンした星矢を見て慌てたのは瞬だった。 よりにもよって こんな日に、こんなふうに仲間を追い詰めるつもりはなかったのだ、瞬は。 「せ……星矢、ごめんね。僕、そんなつもりじゃ……。あ、そうだ。ローズマリーでお茶を いれてきてあげるよ。フレッシュ・ローズマリーのお茶って、消化にいいんだよ」 「瞬。そんな馬鹿は放っておけ」 抱かなくてもいい罪悪感を抱いてラウンジを出ていこうとした瞬を、氷河が引きとめる。 が、瞬が それをしようとしたのは、決して罪悪感だけのせいではなかったのだ。 「でも……もしかしたら、これが、僕が星矢のためにできる最後のことかもしれないから……」 星矢や紫龍には聞こえないように小さな声で、瞬が氷河に告げる。 そう言って顔を伏せてしまった瞬を見やり、氷河は――氷河も――いったん腰を下ろした肘掛け椅子から立ち上がった。 「俺も一緒に行こう。裏庭か?」 「あ……うん……」 こんな他愛のないことで 騒いでいられるのも、今日が最後。 むしろ、今日が最後だから、今日こそは いつものように他愛ないことをして過ごしていたい。 言葉にはせず 眼差しで そう訴えてくる瞬に、氷河は無言無表情で従った。 |