見るからに食えない男。 彼が 腹に一物を抱えていなかったら、それこそ奇跡。 もちろん 声に出して言うことはしなかったが、それが、主神オーディーンの地上代行者であり、それゆえ北欧アスガルドの実質的支配者であるドルバル教主に対して、アテナの聖闘士たちが抱いた第一印象だった。 「私の聖闘士が一人、こちらに赴いたきり 連絡が途絶え、行方不明なのです。お心当たりが おありでしたら お教えいただきたいと思い、このワルハラ宮に参りました」 「行方不明の聖闘士 一人を探すために、アテナが御自ら、余の許に? それは 実に お優しいことだ」 彼は絶対に何かを知っている。 そして、隠している。 アテナの聖闘士たちが そう確信できるのは、アテナを見やるドルバル教主の 粘りつくような視線のせいばかりではなかった。 アテナと彼女の聖闘士たちがドルバルと対峙しているワルハラ宮 謁見の間。 その広間の周囲に、おそらくはドルバルに従うアスガルドの神闘士たちがいる。 心身に強い力を備えた複数の男たちが、一人、二人、三人、四人。 その中の一人の小宇宙が、星矢たちには どこかで接した覚えのあるものだったのだ。 「残念ながら 心当たりはないが、余の部下たちに捜索させよう。何か わかり次第、すぐに アテナにお知らせする」 全く 当てにできない約束。 むしろ、不信と不審の念をかき立てるだけのドルバルの言葉。 しかし、彼が 白鳥座の聖闘士が消息を絶ったことに関わっているという、確たる証拠はない。 ドルバルが アテナに礼を尽くしている限り、アテナの聖闘士たちは、力に訴えて 彼から情報を引き出すわけにはいかなかったのである。 (仕様がないので、大人しく)アテナの聖闘士たちがドルバルの前を辞した、雪と氷の城。 その回廊に、彼等が謁見の間で感じていた強い力の持ち主たちがいた。 アテナの聖闘士たちが知っている(ように感じる)小宇宙の持ち主も。 氷河と同じ金色の髪、背格好だが、仮面をつけているせいで、その顔を確認することはできない。 もどかしさと わだかまりを抱えまま、星矢たちは 不承不承ワルハラ宮をあとにしたのである。 星矢たちが やっと周囲を気にせずに言葉を発することができるようになったのは、宿に向かう馬車がワルハラ宮を出て、相当の距離を走ってからだった。 ドルバルと彼の神闘士たちの力の及ぶ領域は、それほど広かったのだ。 「あの赤い神闘衣の――ミッドガルドといったか。小宇宙が 氷河の小宇宙に酷似していた」 「やっぱ、そうだよなー。でも、だとしたら、いったい なんでだ? まさか、寒い国の方が性に合ってるから、ドルバルの側につくことにした――なんてんじゃないよな?」 「さすがに、それはないだろう」 しかし、それ以外に、アテナの聖闘士である氷河が アテナよりドルバルを選ぶ、どんな理由があるというのか。 氷河――ミッドガルド――は、自身の意思でドルバル教主に従っているように見えた。 少なくとも、彼に脅されて 不本意ながら、あの城にいるようには見えなかった。 なにより、アテナに従うアテナの聖闘士たちに向けられるミッドガルドの小宇宙には、間違いなく敵意が含まれていた。 その事実が ワルハラ宮を出てから 今までずっと、氷河の仲間たちを戸惑わせていた。 「瞬?」 ワルハラ宮で、氷河の小宇宙に酷似したミッドガルドの小宇宙に気付いてから――ワルハラ宮を出てからも、瞬は一言も口をきいていなかった。 明るく軽口を叩けるような状況でないのは確かだが、だからといって、瞬の小宇宙が ここまで沈鬱の色を帯びるのは珍しい。 紫龍に名を呼ばれ、弾かれたように顔を上げた瞬は、自分に注がれている仲間たちの視線を認めると、いかにも取ってつけたような微かな笑みを その目許に浮かべ、そして すぐに消し去った。 「あ……なんでも。氷河がアテナを裏切るなんて、そんなこと、あり得ないよ。きっと何か事情があるんだよ」 「事情?」 「誰か 無関係な人を人質に取られてるとか、そうしないと アテナや僕たちに危害が及ぶような状況に追い込まれているとか。僕、聞きに行ってくる」 「へ?」 瞬が 思い詰めた様子で沈黙の中に沈んでいたのは、氷河の“事情”について あれこれと考えを巡らせていたからだったらしい。 そして、結局、瞬は その答えは 氷河当人に確かめるしかないという結論に至ったらしい。 瞬の手は、いつのまにか馬車のドアに 掛かっていた。 「夜までに戻らなかったら、僕のことは捨てて置いて」 「聞きに行くって……おい、瞬!」 星矢が瞬の名を呼んだ時にはもう、瞬は 雪上を走る馬車から 白い雪の上に飛び降りていた。 すぐにも 追いかけたかったのだが、アスガルドが敵地なのは 疑いを待たず、そんな場所で アテナの護衛をする者がいなくなるのはまずい。 星矢と紫龍は 仕方なく、駆け続ける馬車の中から、雪上に降り立った瞬を見送ることになったのである。 「“探りに行く”じゃなく、“聞きに行く”かよ。オトモダチんとこに遊びに行くんじゃないんだからさあ……。あんなに緊張感も危機感もなくて、瞬の奴、大丈夫なのか?」 憂いに沈んでいる人間が――明るく浮かれていない人間が、だから 緊張感と危機感を抱いているというものでもないらしい。 星矢の懸念は的中し、その夜、瞬は仲間たちの許に帰ってこなかった。 |