元はといえば、きらめくダイヤモンドダスト。変幻自在に色と形を変えるオーロラ。そして 流氷。 冬のシベリアの映像を収めた 1枚の環境ビデオだった。 それを観たナターシャが、「キレイー」「スゴイー」と騒ぎ出し、氷河が、「本物を見せてやろう」と言い出したことが事の発端。 瞬は反対したのである。 真冬のシベリアなど、幼い子供を連れていくところではない。 オーロラが見える場所の ご近所には ちゃんとしたホテルもない。 ナターシャの体力を 氷雪の聖闘士のそれと同じと考えるのは間違っている――と。 だが、氷河は、瞬が何を心配しているのか わからないという顔で、 「おまえが一緒なら、ナターシャが凍えることはないだろう」 と、事もなげに言ってくれたのである。 瞬は もちろん、全く 危機管理のできていない氷河の そんな意見は無視した。 もちろん無視した。 無視しようとしたのだが。 「瞬。俺は、ナターシャの願いは 可能な限り叶えてやりたいんだ。ナターシャは、おまえを俺の側に連れてきてくれた」 と告げる氷河の青い瞳。 そして、 「マーマ。ナターシャ、本物のオーロラが見たいー」 という、無邪気に瞳を輝かせたナターシャの おねだり。 敵が氷河一人だけなら 毅然とした態度を貫くこともできるが、二人掛かりで こられると、瞬には為す術がない。 父と娘の共同戦線の前に、かくして 瞬の常識は あえなく敗れ去ることになったのだった。 氷河も瞬も、年末年始なら休みは取りやすい。 そして、年末年始の海外旅行では、大抵の人間は南方に向かうもの。 もちろん、オーロラ観賞ツアーに繰り出す人間も それなりにはいるだろうが、その数は ハワイに向かう人間ほどではなく、飛行機のチケットも 比較的容易に手に入る。 実際、氷河は それを さっさと手配してのけた。 極東ウラジオストクまで飛行機で飛び、その後、シベリア鉄道で西へ。 氷河は地球儀を買ってきて、ナターシャに旅程を説明。 瞬の反対など なかったかのように行動する氷河には 腹が立ったのだが、地球儀を見詰めるナターシャが あまりに楽しそうなので、最後には 瞬も『黄金聖闘士が二人もついているのだから、大丈夫だろう』という気になってしまったのだった。 ナターシャと氷河と瞬。 今年 初めて家族になった三人が、初めて三人で迎える新しい年。 記念になり、記憶に残るような過ごし方をしたいという思いが、瞬の中にはあったから。 ところが。 12月30日早朝発の予定だった飛行機が、ウラジオストクの空港が豪雪で閉鎖されたために欠航になることが決定。 その上、空港閉鎖が解除になる時は未定。年内は まず無理だろうということで、ナターシャが楽しみにしていたオーロラ観賞ツアーは中止を余儀なくされてしまったのである。 「ナターシャちゃん、ごめんね。オーロラが見えるところまで、飛行機が飛べなくなっちゃったんだ」 真冬のシベリアにナターシャを連れていって大丈夫なのだろうかという気持ちが、心のどこかに残っていた瞬は、だから、飛行機が飛ばなくなったのが自分のせいであるような気がしてならなかったのである。 カレンダーに印をつけて、出発の日を待っていたナターシャに、 「本物のオーロラ、見れないの?」 と問われた瞬は、そのまま 消え入りたい気持ちになった。 「あ……代わりに、どこか行きたいところはない? 動物園でも遊園地でも水族館でも、どこにでも連れていってあげるよ。おいしいケーキが食べられるところがいい? パフェの方がいいかな? それとも、新しい お洋服を買いに行こうか?」 瞬の泣きそうな目を認めたナターシャが、その小さな手で瞬の頬を撫でてくる。 「マーマ、ナカナイデ」 と言ってから、ナターシャは小首をかしげた。 「ンートネ。ナターシャ、人がいっぱいいるところに行きたい。パパとマーマと一緒にいると、みんなが、『かっこいいパパと綺麗なマーマでいいねー』って言ってくれて、嬉しくなるから」 ナターシャが嬉しい気持ちになってくれるのなら、百万人の人にナターシャの“マーマ”として認知されても構わない。 瞬は もちろん、ナターシャの ささやかな願いを叶えることに どんなためらいもなかった。 いくらでも、何度でも、その願いを叶えてやろうと思った。 思ってはいたのだが。 そんな瞬でも、 「人のたくさんいるところか。なら、大晦日から元日にかけての浅草寺か明治神宮あたりだな。皆で初詣に行こう」 という氷河の提案に賛同することはできなかったのである。 「なに言ってるの。大晦日から元日にかけての浅草寺や明治神宮なんて、初詣客でいっぱいで、満員電車より人口密度の高い危険な場所になるよ。すごい人出で、100メートル進むのに 1時間以上かかるって聞いたこともある。そんなところに行って、ナターシャちゃんが 人混みで もみくちゃにされて、怪我でもしたらどうするの。それに、真冬の夜中に そんなところにずっといたら、ナターシャちゃんが風邪をひいちゃうかもしれないでしょ!」 瞬の反対は、一人の大人として、医師として、ナターシャのマーマとして、至極 当然かつ自然かつ必然のものだった。 少なくとも 瞬は そのつもりだった。 だが、氷河は、瞬が何を心配しているのか わからないという顔で、 「おまえが一緒なら、ナターシャが凍えることはないだろう」 と、事もなげに言ってくれたのである。 瞬は もちろん、全く 危機管理のできていない氷河の そんな意見は無視した。 もちろん無視した。 無視しようとしたのだが。 「瞬。俺は、ナターシャの願いは 可能な限り叶えてやりたいんだ。ナターシャは、おまえを俺の側に連れてきてくれた」 と告げる氷河の青い瞳。 そして、 「マーマ。ナターシャ、人がイッパイいるところに行きたいー」 という、無邪気に瞳を輝かせたナターシャの おねだり。 敵が氷河一人だけなら 毅然とした態度を貫くこともできるが、二人掛かりで こられると、瞬には為す術がない。 父と娘の共同戦線の前に、瞬の常識は、またしても あえなく敗れ去った。 かくして、ナターシャとナターシャのパパとマーマの三人は、大晦日の夜、新年を迎える浅草寺に初詣に行くことになっ(てしまっ)たのである。 |