ともあれ、そんなこんなの苦労の末に やっと迎えた20XX年の元日 朝(むしろ 午前)。
瞬が目覚めたのは 瞬自身のマンションの部屋ではなく、氷河の部屋の氷河のベッドの上だった。
リビングから、ナターシャの笑い声が聞こえる。
氷河は先に起き出して、ナターシャの相手をしているらしい。
当然といえば当然、自然といえば自然なことなのだが、自分が全裸でいることに 赤面してから、瞬は急いで身支度を整えたのである。

「氷河、ナターシャちゃん。ごめんね、寝坊して。おはよう。今年もよろしくね」
自分がナターシャの“マーマ”を寝坊させたという自覚がある時、瞬が夜勤明けの時には、ナターシャの朝食の支度は氷河がする。
だから、そういう方面での心配はしていなかったのだが、やはり新年の朝から寝坊というのは きまりが悪い。
少々 気後れしてリビングのドアを開けた瞬を迎えたのは、ナターシャの歓声だった。
子供らしくトーンの高い声。
ナターシャは、寝坊なマーマに満面の笑みを向けてきた。

「マーマ、見てー! パパとマーマとナターシャが映ってるのー。どこのチャンネルも、パパとマーマとナターシャなのー!」
「ええっ !? 」
と、瞬は声を発することができたのか、できなかったのか。
それが、瞬には 自分でも よくわからなかったのである。
つまり、瞬は、声も出ないほど驚いたのだ。

リビングの壁に設置されている50インチモニター。
そこには、ナターシャの言葉通り、ナターシャと氷河と瞬が映っていた。
画面下方には、『超々々超常現象! 巨大な氷の壁に50万人の初詣客が閉じ込めれる!』と無駄にセンセーショナルな煽り文句が踊っている。

『これは、先頃のサンシャインビル氷塔現象との類似点の多い現象で――』
『パパ、かっこいいねー』
『パパとマーマとナターシャは とってもナカヨシで――』
『マーマは綺麗で優しそうで――』
『ナターシャちゃん、可愛いですね――』
『こういう綺麗で理想的な家族を もっとクローズアップして、独身の男女に こういう家庭を持ちたいと思わせることが、我が国の少子化対応に最も有効な――』
『ナターシャちゃん、この おさるのぬいぐるみを抱いて、パパとマーマの間で笑って――』

ナターシャは、リモコンで各局のニュースを分割表示したり、ザッピングしたりして、頬を紅潮させ、大喜びしている。
ナターシャの笑顔は嬉しい。
本当に嬉しい。
だが、瞬は、
「僕、年明けから 病院に行けない……」
と、顔面を蒼白にすることになってしまったのである。
それでなくてもショック状態の瞬に、キッチンから氷河が、
「俺とおまえのスマホに紫龍たちからメールやメッセージが届いているぞ」
と知らせてくる。
落ち着き払っている氷河の声が、逆に不吉の極致。
瞬が恐る恐るリビングのテーブルの上にあるスマホを手に取ると、そこには、予想通りに 不吉で おめでたい文章が いくつも並んでいた。

吉乃から、瞬のスマホに、
『7時のニュースで見ました! ナターシャちゃん、可愛く映ってたー。今日、午後から お年始の挨拶に行きますねー』
という新春メッセージ。

紫龍から、氷河のスマホに、
『某公共放送のテレビニュースで見たぞ。恥ずかしい男だな。今年は、街で会っても他人の振りをするから、おまえも俺に声をかけるなよ。春麗がナターシャに会いたいそうなので、これから おまえのところに行く。到着は1時過ぎだ』
という新春メール。

星矢から、瞬のスマホに、
『富士山の ご来光を押しのけて、おまえ等、今年のトップニュースじゃん。これから、できちゃった婚の新婚さんちに遊びに行くから、雑煮を準備しといてくれ』
という新春メッセージ。

更には、シュラから、氷河のスマホに、
『おせち料理というものを食したいので、おまえたちのマンションに行くことにした』
『動画サイトの 注目動画のページが、おまえたちの映像で埋め尽くされているが、どうしたんだ』
という2通のメールに、なぜか、
『栗きんとん』とだけ記された3通目のメールが届いていた。

氷河がキッチンにいるのは、年始客用の おせち料理と雑煮作りのためらしい。
そして、テレビのニュースだけでなく、一般人も勝手に瞬たちの動画をサイトにアップロードしているらしい。
「動画サイトって……」
瞬が 半ば以上 自失して呟くと、気を利かせた(?)ナターシャが、モニターをパソコン画像に切り替えてくれた。
そこには、シュラからのメールにあったように、瞬たち親子の動画が いくつもアップロードされ、
『ナターシャちゃん、可愛いぃぃー』
『イケメンパパー』
『何これ、美人の美少女ママ、すげー』
『俺も綺麗な嫁さんと 可愛い娘が欲しいよー』
『幼女おぉぉぉぉ!』
『マぁマぁぁぁ!』
等、訳のわからないコメントが秒刻みで増え続けていた。
どうやら 20XX年の日本国は、異様なまでに平和であるらしい。
おかげで、新年早々、瞬の目の前は真っ暗になってしまったのである。

氷河は、自分が引き起こした事態に責任も感じていないようだったが、それを責めたところで、どうせ 暖簾に腕押し、糠に釘だろう。
すっかり絶望的な気分になって ソファにへたり込んだ瞬に、まるで そうなるタイミングを見計らっていたかのように、
「ニンジンとマンゴーとキウイのスムージーだ。元気が出るぞ。ナターシャのためにも、おまえは元気でいなくては」
などと言ってグラスを差し出してくる氷河が、瞬は 憎らしくてならなかった。
そこにまた、氷河のスマホにメールが届いたことを知らせる着信音が響く。
瞬が一口 スムージーを飲むのを確かめてから、氷河はスマホを手に取ってメールを読み、読むなり 顔を強張らせた。
「氷河……?」
氷河が、これほど表情らしい表情を作るのは滅多にないことである。
氷河への憤りは憤りとして、さすがに瞬は心配になった。

「どうかしたの? 誰から?」
「……………………………… 一輝からだ」
途轍もなく長い沈黙のあとで、氷河が瞬の兄の名を口にする。
その名を聞いた瞬は、何に驚けばいいのかわからないほど 驚いたのである。
この1年間、瞬は兄から どんな連絡も受け取っていなかったのだ。
「に……兄さん……? 兄さん、いつのまに スマホなんて持つようになったの !? な……何て? 兄さん、どうして氷河のメアドを知ってるの?」
「このメールを討つために、初売りで買ったんだろうな。長文が打てないから、こんな ろくでもないメールをよこす」
「こんなメール?」

瞬が覗き込んだ氷河のスマホのディスプレイには、
『氷河。殺す』
という 短い文面が写し出されていた。
一輝は、最愛の弟を、公共の電波で“マーマ”にされたことに激怒しているらしい。
兄が怒っていることは わかるのだが、瞬の中では、音信普通だった兄が連絡をくれたことへの喜びの方が先に立った。
「じゃあ、兄さん、国内にいるんだ!」
瞬が歓声をあげると、大きな瞳を 興味深げに輝かせ、
「イッキって だあれー?」
ナターシャが尋ねてきた。
行方も生死も不明だった兄からの便り。
瞬は、これがナターシャのお手柄だということに思い至って、ナターシャをしっかりと抱きしめたのである。

「どこにいるのかわからない、僕の兄さんだよ」
「マーマのお兄さん?」
「うん。ナターシャちゃんの伯父さん。ナターシャちゃん、ありがとう。兄さん、もうずっと連絡してくれなかったのに……。ナターシャちゃんのおかげだよ。今年は とっても いい年になりそう」
マーマに『ありがとう』を言われたナターシャは 嬉しそうな笑顔になったが、ナターシャのパパは そうはいかなかった。

「瞬。一輝は俺の殺害を予告しているんだぞ。少しは心配したら――」
いくら最愛の弟を 勝手に いつのまにか“マーマ”にされて腹が立ったにしても、新年早々『殺す』はないだろう。
氷河は、氷河にしては常識的に そう思ったのだが、氷河のクレームは、幸せいっぱいの瞬とナターシャに可憐に無視された。
「パパとマーマとナターシャは、ずっとナカヨシー?」
「もちろんだよ。ナターシャちゃんがいてくれるから、みんなナカヨシ。今日は みんながナターシャちゃんに会いに来てくれるよ」
「ワーイ!」
『子は かすがい』とは、よく言ったもの。
確かに ナターシャは、家族を、兄弟を、仲間を結びつけてくれる可愛らしい鎹だった。


20XX年元日。
ナターシャの明るく嬉しそうな笑顔。
その上、ずっと音信不通だった兄からの便り。
まもなく、仲間たちが ここに集うだろう。

今年もいい年になりそうだと、瞬は思ったのである。
殺害予告を受けた男の 今年の運命だけは、瞬にも わからなかったが。






I wish you a Happy New Year






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