言いたいことを言い終えて満足したらしい氷河は、唖然とし 呆然としている仲間たちを尻目に、意気揚々と(?)ラウンジを出ていった。
その場に残された彼の仲間たちは、ただただ その迫力に圧倒され、氷河の“言いたいこと”が何だったのかも、実は よくわかっていなかった。

「氷河は、僕がチョコレートを配るの、本当はずっと迷惑に思ってたんだね。なのに、毎年 僕の我儘に付き合ってくれてたんだ……」
瞬が力ない声で ぽつりと呟いたのは、氷河がラウンジを出ていってから5分ほどの時間が経ち、とりあえず嵐は去ったらしいと思えるようになった頃。
嵐のあとの静けさ。
氷河が何を言わんとしていたのかは皆目わからなかった星矢にも、瞬が ひどく落胆し消沈していることだけは、はっきりとわかったのである。
そして、氷河の大演説には どう応じたものか わからなかった星矢にも、力なく項垂れている瞬のために 自分が何をすべきなのかは、すぐに わかった。

「我儘なんかじゃないだろ。氷河の言うことなんか、気にすんな。なに言ってたのかも よくわからなかったし、チョコは、氷河にだけ渡さなきゃいいんだ。自分だけ もらえなかったら、どうせ氷河は『やっぱり、俺にもくれー』って、泣きついてくるに決まってる」
「そんな、仲間外れにするみたいなこと、できないよ」
顔を伏せたまま、瞬が首を横に振る。
自分から“外れ”ていったのは 氷河の方だろうと、星矢は言いたかったのだが、氷河にだけ チョコレートを贈らないことはできないと思う瞬の気持ち――というより、性格――もわかる。
『仲間外れにされるのは自業自得だ』と言って、氷河以外の仲間にだけチョコレートを配るようなことができる瞬ではない。
だが、だとしても――もし そうなったとしても、そうなることを望んだのは氷河自身ではないか。
氷河がバレンタインチョコレートをどう思おうと、それは氷河の勝手だし、バレンタインデーのあれこれを虚礼と決めつけられること自体には 腹も立たなかったが、それで 氷河が瞬を気落ちさせたことには、星矢は 思い切り腹が立った。

「そうだね。僕も お祭り気分で、深く考えずに みんなにチョコレートを贈っていたところがあった。あんなふうに思われることがあるかもしれないなんて考えもせずにいた僕が軽率だったんだ」
「チョコレートが大嫌いな奴だって チョコレートを欲しがるのがバレンタインデーってやつだろ。あんな ひねくれた考え方すんのは、氷河だけだって」
「氷河だけでも、あんなふうに不快な思いをさせていたのなら、やっぱり僕は浅慮だったんだと思う」
浅慮も何も、バレンタインデーにチョコレートを贈ることを非難されることなど、普通なら あり得ない事態である。
その普通でないことをするのが、たまたま仲間の一人だったために、瞬は こんな災厄に見舞われてしまったのだ。

「んなことねーって。浅慮なのは氷河! 非常識なのも氷河! 人を不快にしてるのも氷河! おまえは なんにも悪くない!」
星矢が どれほど力説しても、瞬は浮上してくれなかった。
いくら“人を傷付けるのが嫌い”な瞬でも、非常識なのは氷河の方だということは わかるはずだと思うのに、それでも。
氷河の非常識を 非常識と思うことができないほど、瞬は氷河の言葉に衝撃を受けたらしい。
しまいには瞬は、懸命に瞬を慰め励ます星矢に、
「ありがとう。ごめんね」
と 小さな声で礼を言い、しょんぼりと肩を落として ラウンジを出ていってしまったのである。






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