デパートやチョコレートショップのバレンタインデー用のカタログやパンフレットを、瞬は処分してしまったようだった。
そのことに気付いているのか いないのか、あの大演説を ぶち上げた日以来、氷河は バレンタインデーの『バ』の字も口にすることなく、素知らぬ振りを続けている。
否、自分の演説が瞬を傷付けたことは わかっているのか、氷河は あれ以来、瞬を避けているようだった。
あるいは 氷河は、親友をいじめられたことに腹を立て 攻撃的になっている星矢を避けていたのかもしれない。
氷河は、仲間たちと過ごす時間が 極端に少なくなっていた。

バレンタインデー前日、星矢は、
「チョコレート 買いに行くなら、俺がボディガードについてやるぞ」
と、さりげなく瞬に水を向けてみたのである。
しかし、瞬は、
「今年は……いいの……。ありがと、星矢」
と言って、寂しそうに笑うばかり。
そして、まもなく 瞬は一人で自室に こもってしまった。

こうなってしまっては、今年のバレンタインデーのチョコレート獲得は 絶望的。
星矢は、どうあっても氷河を殴り飛ばさなければ気が済まなくなってしまったのである。
「氷河は どこだっ! 自分のしでかした悪事に 今更 恐れ おののいて、どっかに隠れてんのかっ!」
星矢は、拳を握りしめ、怒りと一緒に小宇宙まで燃えたぎらせたのだが、残念ながら、星矢の憤怒は空回りに終わることになった。

「邸内にはいないぞ。今年に入ってから 一人で外出することが多くなっていたが、あの大演説以降、氷河は ほとんど毎日、日中は どこかに出掛けている」
「毎日 出掛けてる? あの出無精が?」
氷河は あの大演説のせいで きまりが悪くなり、仲間を避けているのだと、星矢は勝手に決めつけていた。
星矢自身、氷河の顔を見ると腹立ちが増すので、同じ家で暮らしているのに 氷河と顔を会わせる機会が減っていることを 幸いと思いこそすれ、奇異なことだと考えてはいなかった。
つまり、氷河と顔を会わせることが減っているのが 氷河の外出のせいだということに、星矢は これまで全く気付いていなかったのである。
が、そうだったらしい。
瞬をいじめ、天馬座の聖闘士から今年のバレンタインチョコレートを奪った男を、せめて一発 殴って鬱憤を晴らしてやろうと意気込んでいた星矢は、紫龍の その言葉に拍子抜けしてしまったのである。

「あの卑怯者、逃げやがったか!」
地団太踏んで悔しがっても、いないものは殴れない。
殴れないとなると、一層 殴りたくなる。
バレンタインデーを明日に控えた星矢の怒りは、いよいよ激しくなり、そろそろ頂点に達しかけていた。






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