老門、病門、死門、生門。 処女宮の仏陀の四門の前に、四人の黄金聖闘士(と一頭の獅子)が集まっていた。 無論、四門のいずれかを選ぶためではない。そのはずだった。 すべてのアテナの聖闘士の務めは、地上世界の平和とアテナを守って戦うこと。 そして、聖域の黄金聖闘士たちが十二の宮を守護しているのは、アテナの御座所のある聖域への敵の侵入を阻止すること。 処女宮の四門は、あくまでも敵の行く手を阻むためにあるもので、黄金聖闘士が四択ゲームに興じるためにあるわけではないのだ。 もっとも、今 四人の黄金聖闘士たちが 仏陀の四門の前で 一堂に会しているのは、敵を倒すためというわけでもなかったが。 「俺の後継者――未来の獅子座の黄金聖闘士は、まだ青銅聖闘士だったが、青銅聖闘士の力を はるかに凌駕した力の持ち主だったぞ。なにしろ 俺のゴールディが気圧されて、後ずさるほどだったのだ」 最初に得意顔で そう告げたのは、獅子座の黄金聖闘士カイザーだった。 真の獅子座の黄金聖闘士との呼び名も高い聖なる獅子ゴールディが、カイザーの隣りで不満顔になったのは、聖なる獅子が未来の獅子座の黄金聖闘士に気圧されたことを、カイザーが嬉しそうに語ったからではない。 実は、ゴールディには、獅子宮の主になってほしい人が、カイザーが未来の獅子座の黄金聖闘士と認めた人物の他にいたのだ。 その願いが叶いそうにないので、ゴールディは 少々 ご機嫌斜めだった。 「それを言うなら、我が水瓶座の未来の黄金聖闘士も、青銅聖闘士の身で 既に その凍気は絶対零度に達していたぞ。そうして、私の黄金聖衣を凍りつかせてみせた。普通では考えられない驚異的な力だ」 カイザーに負けず劣らず 自慢げに言う水瓶座の黄金聖闘士ミストリアの黄金聖衣は、その一部が いまだに凍りついたままである。 冷却系の技が得意な彼は、ものを凍らせることはできても 融かすことはできないのだ。 「なんの。未来の天秤座の黄金聖闘士も、青銅聖闘士の身で、その実力は わしと互角だった。いくら わしが新米黄金聖闘士でも、あの力は完全に青銅聖闘士の域を超えていた。しかも、実に気持ちのいい男で、わしとは やたらと波長が合うのじゃ。いわゆる、ぐっど ばいぶれーしょんというやつじゃな」 未来の天秤座の黄金聖闘士との邂逅が よほど嬉しかったのか、興奮気味に語る童虎は、今にも その身にまとっている天秤座の黄金聖衣を脱ぎ捨てんばかりの勢いである。 そんな彼を押しとどめたのは、男の裸を見て喜ぶ趣味のない乙女座の黄金聖闘士シジマだった。 「私は、次代の乙女座の黄金聖闘士に会い、更にその次の乙女座の黄金聖闘士の継承者にまで会うことができたのだ。次代の乙女座の黄金聖闘士は 私を越える実力の持ち主だった。その次代の乙女座の黄金聖闘士が わざわざ時を越え、生死の境界を越えて、未来の黄金聖闘士の身を守るために 私の許にやってきた。あの者が乙女座の黄金聖衣を継がせたいと願う者は、おそらく あの者が手塩にかけて導き育てた可愛い愛弟子なのだろう。あれほどの力を持つ者が、死して なお守り庇おうとするほどの者。よほど見込みのある者なのだろうと思う。乙女座の黄金聖衣を継ぐ、あの青銅聖闘士は」 「未来の乙女座を継ぐ青銅聖闘士も、やはり 青銅聖闘士の力を超えた実力者だったのか?」 ミストリアに問われたシジマが一瞬 答えに詰まる。 シジマは、次々代の乙女座の黄金聖闘士になるべき青銅聖闘士の力を はっきり自分の目で確かめたわけではなかったのだ。 「そこは まだ未知数だったが、私以上の力を持つ次代の推薦だし、何と言っても――」 そこでシジマは いったん言葉を途切らせた。 だが、今度は 答えに詰まったわけではない。 その証拠に、彼は、 「何と言っても?」 と重ねて問うてきたミストリアに、その場にいる黄金聖闘士たちの誰よりも鼻高々の得意顔で言ってのけたのだ。 「何といっても、その者は素晴らしい美形なのだ! 乙女座の黄金聖闘士として、非の打ちどころのない清純派。私の後継者にふさわしい可憐さ、澄んだ瞳、清楚な面差し。あの者が乙女座の黄金聖闘士としての資質に恵まれていることは 疑う余地のない事実だ」 「乙女座の黄金聖闘士は顔で決まるのか」 興奮して 多弁になっている“静寂なる男”に、カイザーが軽蔑したような目を向ける。 が、多弁な静寂なる男は、カイザーの軽蔑の視線を、 「不細工よりは美形の方がいいに決まっている」 の一言で退けた。 そして、乙女座の黄金聖闘士にふさわしい可憐さ(?)で、 「そういえば、貴公の最愛のゴールディが、一瞬で私の後継者に手懐けられ、貴公に反逆したという噂を聞いたが、まさか そのようなことはあるまいな。ゴールディは、確か、貴公にしか懐かない忠実無比の番獅子だったはず」 と、カイザーの痛いところを突く。 カイザーが むっとした顔になり、ゴールディは嬉しそうに目を細めた。 最愛のゴールディの その様子は、ゴールディを愛するがゆえに カイザーの癪に障ったのだが、シジマの聞いた噂が真実であるだけに、カイザーとしても応戦の仕様がない。 口を“へ”の字に曲げたカイザーを、シジマは鼻で(静かに)笑った。 「乙女座の黄金聖闘士が暑苦しい顔をしたにーちゃんだの、ごつい体格のおっさんだったら、敵の嘲笑を誘うこと必至。そこが、強ければ誰にでも務まる獅子座の黄金聖闘士と、強いだけでは務まらない乙女座の黄金聖闘士の決定的な違いなのだ」 「アテナの聖闘士の務めは、地上の平和とアテナを守ること。強さとアテナへの忠誠心以外に 何が必要だというのだ!」 「強さとアテナへの忠誠心は、アテナの聖闘士に最低限必要な条件にすぎないだろう。貴公の発言は、己れが その最低限の条件しか満たしていないと白状しているようなものだぞ。正直にも ほどがある」 「なにいっ !? 」 血の気が多いカイザーが いきり立ち、シジマは カイザーの反撃を 澄ました顔で受けて立つ構え。 こんなところで、そんな理由で千日戦争など始められては たまったものではない。 二人の間に仲裁に入ったのは、聖域で最も高潔な男、水瓶座の黄金聖闘士ミストリアだった。 「二人共、落ち着け。地上の平和を守るために戦うのが第一義であるアテナの聖闘士が、仲間内で喧嘩をして どうなるというのだ。……まあ、シジマの言うことには一理があると、私も思うがな」 仲裁者が 仲裁すべき二者の一方に味方していたのでは、その仲裁が うまくいくはずもない。 ミストリアの言葉は、当然 カイザーの怒りを買った。 「おまえは、高潔が売りのくせに、見た目で判断するのか!」 獅子身中の虫ならぬ、獅子身外の虫。 それが二匹も。 ミストリアの仲裁で、カイザーは落ち着くどころか、ますます怒りの炎を燃やすことになってしまったのである。 「黄金聖衣に負けない押し出しは必要だろう。聖衣に着られるようでは、黄金聖闘士の威厳が保てない」 聖域で最も高潔な(はずの)男が、あまり高潔とは言い難い意見を吐き、次に黄金聖闘士たちの仲裁に入ったのは、聖闘士の善悪を判断する務めを負う天秤座の黄金聖闘士 童虎だった。 「現実には、デストールのような黄金聖闘士もいるにはいるが」 新米黄金聖闘士の分際で、大先輩に対して 大した口のききようである。 カイザーは、童虎の言葉に反射的に頷いてから、先達としての立場を思い出したのか、すぐに (一応)真面目な顔になって、 「あれはあれで ちゃんと着こなしているだろう」 と、デストールを擁護した。 「かなり前衛的な着こなしだが、確かに」 シジマが、それに賛同する。 ミストリアは少々 不満そうだったが、彼も反論には及ばなかった。 彼は デストールの聖衣の着こなしの是非について意見するより、他に主張したいことがあったのだ。 「私は、何事も、奇をてらわず、オーソドックスな着こなしをしている方が安心して見ていられるのだがな。その点、未来の水瓶座の黄金聖闘士は 貴公子然としていて、美形の王道路線を行っていた。実力ルックス共に申し分なしの正統派だ」 ミストリアが余裕の笑みで そう告げたのは、もちろん彼が未来の水瓶座の黄金聖闘士の実力とルックスは知っていても、性格を知らなかったからである。 見た目を(も)重視する乙女座の黄金聖闘士と水瓶座の黄金聖闘士に対抗するために、カイザーも彼等と同じ土俵に上がってきた。 「未来の獅子座の黄金聖闘士も 力だけの男ではなかったぞ。腐っても黄金聖闘士のデストールを手懐けていたし、実に男らしい面構えをしていた」 「未来の天秤座の黄金聖闘士の姿も なかなかのものだったぞ。目許涼やかな好青年。わしの後継者にふさわしい容姿を備えた男じゃった」 「はあ !? 」×3 童虎の発言に、シジマとカイザー、ミストリアが、三人揃って、1秒のずれもない 見事なハーモニーを披露する。 実力主義の聖闘士世界といえど、先輩後輩の年功序列や上下関係は それなりに存在する。 遠慮のない先輩たちに、童虎は ふてくさった態度を見せたが、彼は さすがに先輩たちに反論することはしなかった。 経験豊かな先達三人に対して 新米一人では、反抗したところで勝敗は見えている。 |