瞬王子をハーデスに渡さないこと。
瞬王子の清らかさを 損なわないこと。
そうして、この国の平和を守ること。
必ず成し遂げると決めたことを、氷河は その決意通りに成し遂げました。

ハーデスは、瞬王子が汚れているか 清らかなままなのかの判定をして、その後、瞬王子を この場に残して去るか、冥界に連れ去るかの いずれかの行動をとるのだろうと思っていた一輝国王たちは、この顛末に唖然呆然。
なにしろ、泥棒が 舌先三寸で神を追い返してしまったのですから、それも当然。
けれど、その場で 氷河の暴挙(快挙)に最も驚いていたのは、瞬王子その人だったでしょう。

「氷河、どうして……。氷河は、マーマのところに行きたいのではなかったの……」
ハーデスの退散を素直に喜べずにいるような――戸惑った目をして、瞬王子が氷河に尋ねてきます。
瞬王子のために、氷河は微笑しました。
いいえ、その微笑は、自然に氷河の目許に浮かんできたのです。
「おまえを汚すことも、おまえをハーデスに渡すことも、きっと俺のマーマは望まない。冥界で俺に会えても、マーマは俺の振舞いを悲しむ。おまえの涙を見て、俺は そのことに気付いた。……泣かせて、悪かったな」
「氷河……」
「俺は、今日を限りに、国いちばんの大泥棒の異名を返上する。いや、おまえに譲渡する」
「え?」
「俺は、俺の心を おまえに盗まれてしまったから」
「なにぃーっ !? 」

氷河の告白に、瞬王子より先に反応を示したのは一輝国王でした。
瞬王子の清らかさを損なうことなく ハーデスを撃退してくれた氷河に、約束通り この国の半分を譲っても構わないとまで考え始めていたところに、泥棒の分際で、図々しい恋の告白。
瞬王子が ほのかに頬を上気させる様が、一輝国王の激怒を超特大の大激怒に変えました。
「つ……捕まえろ、その大泥棒! 即刻、死刑だ。我が最愛の弟の 清らかな心を盗んだ罪は、国への反逆の罪の千倍も重い!」
「に……兄さん……!」

瞬王子は まだ氷河に何も答えていなかったのに、最愛の弟に代わって そのことを教えてあげるなんて、一輝国王は本当に親切な お兄さんです。
真っ赤になって顔を伏せてしまった瞬王子を、氷河は すぐに抱きしめようとしたのですが、それは一輝国王の命令に従って 泥棒の身柄を確保するために氷河に飛びかかってきた近衛兵たちに妨げられてしまいました。
もちろん、カッコつけばかりが激しくて ノロマな近衛兵なんかに捕まる氷河ではありません。
氷河は 純白の大きな白鳥のように華麗に宙を舞って、近衛兵の捕縛の手を逃れましたよ。
そして、氷河は、
「瞬! きっと おまえを盗みに来る。それまで待っていてくれ!」
と大胆不敵な犯行予告を残して、あっという間に 王宮の広間の高窓から 外に逃げていってしまったのです。
国で二番目にランクダウンしたとはいえ、さすがに大泥棒キグナスの逃走は華麗なものでした。


その日以降、一輝国王は 警備兵の数を これまでの3倍に増やして、大泥棒キグナスに彼の大切な宝を盗まれることのないよう、瞬王子のお部屋の周囲に厳重な警戒態勢を敷いています。
瞬王子は、毎晩 お部屋の窓辺で 綺麗なお星様を見詰めながら、国で二番目の大泥棒が 自分を迎えにきてくれるのを待っているようです。






Fin.






【menu】