「そんなことがあるか! フツーのキレーでカワイーオンナ !? なんだ、それは! あいにく、俺は普通なんてものに興味はない。そんなものは求めていない! 人間は、美しければ美しいほどいい。清らかなら清らかなほどいい。優しければ優しいほど、強ければ強いほど、賢ければ賢いほどいい。俺は身の程知らずだ。いくらでも高望みをする。可能な限り手をのばし、高嶺の花を摘み取る!」
星矢は 氷河の怠慢を責めるつもりだったのだが、氷河の怒声に さらされることになったのは星矢(と、星矢に付き合って氷河のマンションにやってきた紫龍)の方だった。
瞬の とんでもない誤解を星矢から知らされた氷河は、自らの言動を顧みて その怠慢を反省するどころか、怒髪天を衝いて 彼の仲間たちを怒鳴りつけてきたのだ。

「瞬は おまえなんかと違って 謙虚で控えめで うぬぼれがないから、自分が かなり高レベルな人間だってことに 気付いてないんだよ」
星矢が慌てて瞬の弁護にまわったのは、氷河が この調子で瞬に怒りをぶつけるようなことをしたら、更に事態が ややこしいことになると、それを案じたからだった。
「瞬の自己評価は、泣き虫で みそっかすだった頃のままなんだ。大人になって、ある程度 自分を客観的に見ることができるようになっても、根本が変わっていない。いや、変えられないんだろうな。“三つ子の魂、百まで”というやつだ」
星矢と同様の懸念を抱いたらしく、紫龍も星矢に同調して、瞬の弁護にまわる。
無論、氷河は、それで 大人しく なだめられるような男ではなかったが。

「馬鹿げている!」
「馬鹿げてると、俺も思うけどさー」
本当に馬鹿げていると、星矢は氷河の意見に賛同した。
氷河が これほど高飛車で自信に満ちているというのに、瞬が 卑屈と言っていいほど謙虚なのは、どう考えても実力に比例していない。
なぜ こんな反比例現象が起きるのか、星矢は 全く合点がいかなかった。
そんな大人たちの下から、ナターシャが疑問の声をあげてくる。

「パパー。マーマはバカなのー?」
氷河が すぐさま憤怒の表情を消し去ったのは(それでも、彼の表情は“無愛想で無表情”の域を脱していなかったが)、ナターシャに間違った認識を抱かせないため――というより、(自分のことは棚に上げて)ナターシャに 人を馬鹿呼ばわりするような人間になってほしくないから、だったろう。
ナターシャを そんな悪い子にしたら、瞬に叱られるのは ナターシャではなく氷河の方なのだ。

「瞬は誰よりも綺麗で強くて優しい人間だ。俺はそう思っている。ナターシャはどう思う?」
「マーマは綺麗で優しいヨー。モノシリで、ナターシャに いろんなこと教えてクレルノー」
「そうだ。だが、瞬は、そのことに気付いていないんだ」
「なら、パパがマーマに教えてアゲテー」
ナターシャは、実に賢い子である。
瞬の躾と教育が行き届いている。
氷河は、愛娘の聡明と賢明に 大いに満足したらしく、ナターシャの前で深く重々しく二度も頷いた。

「ナターシャも、可愛ければ可愛いほどいい。いくらでも可愛い いい子になれ」
「ナターシャ、イイコにナルー」
ナターシャは、現時点で既に 氷河より“いい子”である。
そして、へたをすると 現時点で既に、瞬より賢いかもしれない――と、ナターシャの“よい子のお返事”を聞いて、氷河の仲間たちは思ったのだった。






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