いつもいつも滅茶苦茶なことしかしない氷河。 にもかかわらず、いったい どうして 世界はいつも、結局は そんな氷河の望み通りになるのか。 それが瞬は不思議でならなかった。 氷河の望みを叶えてやりたいと思う“世界”の気持ちが 全く わからないでもないので、瞬は少し癪でもあったのだが、それはさておき。 「あの……僕たちの代わりに、僕たちの娘をお願いしたいんですが」 想定外のハプニングのせいで、予定外の寄り道をしてしまったが、それが今回の本来の目的である。 「ナ……ナターシャちゃんも 天才なんですか」 少々 逃げ腰になった校長の懸念を取り除くべく、瞬は、あまり志が高いとは言えないナターシャのテニス志願の理由を正直に 校長に打ち明けた。 「いえ、娘は、体力作りと、それから可愛いテニスウェアを着られれば……。それで、テニスウェアの展示即売会の方を拝見したいのですが」 天才宇宙人の少女を預かることに比べたら、普通の少女が 可愛いテニスウェア目当てでテニスを始めてくれることの方が はるかに、校長には 喜ばしく歓迎できることだったらしい。 彼は すぐにテニスウェア展示即売会の担当者を呼んで、ナターシャたちを特設会場に案内させてくれた。 日本テニス界のみならず世界のテニス界が存亡の危機にさらされていたことに気付いていなかったらしいナターシャは早速、歓声をあげて、展示されているテニスウェアの間を行ったり来たり。 そうして ナターシャが選んだのは、裾がチューリップラインになっている、薔薇色のワンピースタイプのテニスウェアだった。 「パパ、マーマ。ナターシャ、これに決めたヨー。お花みたいでカワイイー!」 「可愛いね。ナターシャちゃんに似合いそう」 瞬に そう言われたナターシャが、それこそ お花のように嬉しそうに笑う。 その笑顔を見て、瞬は、どうなることかと気を揉んでいた この騒ぎも これで大団円と、安堵の胸を撫で下ろし、喜んだのである。 が、人生というものは、誰の人生も 常に平和で平坦とは限らない。 大団円の“めでたし めでたし”を目前にした その場に嵐を運んできたのは、つい さっき 瞬のスカウト騒動を“丸く収めて”みせてくれた氷河その人だった。 氷河が、ナターシャの選んだテニスウェアに、こめかみを引きつらせて クレームをつけてきたのである。 「なんだ、その服は! いくら何でも丈が短すぎるだろう! ワンピースというより、ちょっと丈が長いトップスじゃないか。もっと丈が長いものを選べ。最低でも膝丈だ!」 「ナターシャ、これが好きナノー」 氷河の大反対を受けたナターシャが、視線でマーマにSOSを送ってくる。 ナターシャからのSOSを受信するまでもなく、瞬は氷河の前時代的な反対理由に呆れていた。 「膝丈のスコートなんて、走るのに向いていないでしょう。テニスは長丁場の競技だから、上昇した体温を下げるのに、スコートは短い方がいいんだよ」 瞬は医師の立場から、極めて論理的かつ常識的な意見を述べただけだったのだが、ナターシャが選んだテニスウェアの隣りに、同じデザインのサイズ違い――お揃いの母親用――が飾られているのを見た氷河は、瞬の意見など聞いていられなくなってしまったようだった。 「瞬、まさか おまえ、ナターシャとお揃いで それを着るつもりでは――」 瞬は、ナターシャのマーマではあるが、母親ではない。 女性でもない。 ほとんど本気で その事態を恐れているらしい氷河に、瞬は――瞬もまた本気で、静かな怒りの炎を燃やし始めることになったのである。 「氷河……。バルゴの瞬の真の力を、その身体で思い知りたいの?」 「それは 毎晩 この身で思い知らせてもらっているが……。いや、無論、おまえが どうしても もっと思い知ってもらいたいというのなら、俺は おまえの愛を諸手をあげて歓迎するが」 毎晩 どれほど思い知っても、まだ思い知り方が足りないらしい氷河の脇腹に、瞬が右肘を のめり込ませる。 それは、バルゴの瞬を本気で怒らせた氷河の罪にして罰。 低く呻いて その場に片膝をついた氷河を、もちろん 星矢と紫龍は見て見ぬ振りをしたのである。 そんなふうに微笑ましい(?)トラブルはあったが、無事にチューリップラインのテニスウェアを購入したナターシャ一向が帰る際、世界ランキングプレイヤーは、 「ナターシャちゃん、ごめんなさい」 と、ナターシャに謝ってきた。 「ナターシャ、ちっとも痛くナカッタヨー」 パパやマーマに そうしなさいと言われたわけでもないのに、『ごめんなさい』を言ってきた人を優しく快く許すナターシャを、瞬は大いに誇らしく思ったのである。 アテナの聖闘士たちのプレイに衝撃を受けた世界ランキングプレイヤーは、その後、自らの思い上がりを捨て、謙虚な気持ちで努力をすることができるようになったらしい。 瞬たちは、それまで30位前後だった世界ランクを着々と上げ続けている彼のニュースに接することが多くなった。 ナターシャは、せっかく買ってもらった可愛いテニスウェアを人前で着用することに大反対のパパと、日々 熾烈な戦いを繰り広げている。 Fin.
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