城戸沙織。 彼女は孤高のひと。 自分以外の どんな人間とも馴れ合わず、無意味な慣習や凡庸な意見に迎合せず、常に 一人で 高みにいる高貴な女王様。 彼女は、高校の入学式の日から目立ってた。 最初から、特別で、異質で、不可思議だった。 彼女が何者なのかを知らなくて、その名前すら知らない人が、どんな先入観も予備知識もなく、彼女と引き合わされたとしても、その人には 彼女が“普通じゃない”ことが わかると思う――感じ取れると思う。 とにかく、彼女は、クラスで――ううん、校内で浮いてた。 それも尋常の浮き方じゃない。 滅茶苦茶、ものすごく、甚だしく、途轍もなく 浮いていた。 ――なーんて言ってもね。 浮いてるからって、城戸さんは別に いじめられてるわけじゃないわよ。 もちろん、同級生たちに無視されたりしてるわけでもない。 彼女をいじめたり、故意に無視したりできる人なんか、校内どころか世界中を見渡したって、ただの一人もいないでしょうね。 高校一年生にして、アジア随一、世界に冠たるグラード財団の総帥。 総帥の令嬢じゃなく、総帥 当人よ。 最初に聞いた時には、『現役高校生の身で、そんなの ありえるの?』って思ったけど、世の中には小学生の会社社長ってのもいるらしいし、法的には問題ないんでしょうね。 そういう人だから、当然、個人資産も 世界有数。 この学校には お金持ちの お嬢様はいくらでもいるけど、当人が大金持ちというのは、あんまりいない。 多分、城戸さん以外にはいない。 せいぜい、親や それ以外の尊属から生前贈与された お金や不動産を自分名義にしているくらいのもの。 私だって、私名義の通帳には、自分で稼いだわけでもない お金が数百万 入ってる。 そう。 私だって、中学生の頃は、自分を結構なお嬢様だと思ってた。 私のパパは 某世界的コングロマリットの中の一つの中堅会社のCEOで、ママも国内では結構 有名な日本画家だもの。 私は、容姿は平凡だけど、それなりに勉強はできたから、ちょっとは名の知れた私立の中学に通ってた。 そのまま その中学の高等部に上がればよかったのに、この少子化の時代に 高校版ICU――あ、言うまでもないと思うけど、『 Intensive Care Unit(集中治療室)』じゃなく、『 International Christian University(国際基督教大学)』の方よ――を目指した女子校が新設されて、いろんな点でレベルと自由度が高いっていうんで、両親に勧められるまま、私は この高校に第一期生として入学したの。 学費を出すのは両親だもの。 私は通ってた中学に退屈してて、刺激を求めてたし、渡りに船みたいなとこもあったのよね。 そして、入学した この高校。 確かにレベルは高かった。 この高校じゃ、私の お嬢様レベルは せいぜい中の上。 世界的大企業の社長令嬢だの、旧帝大の名誉教授の孫娘だの、世が世なら宮様って呼ばれるような旧華族のお姫様だの、某国務大臣の姪だのが有象無象してて――この学校の筋金入りのお嬢様たちの中に、私は見事に埋没した。 まあ、埋没したのは私だけじゃなかったけど。 というか、周囲がお嬢様ばっかりだと、みんなが埋没するのは理の当然。 お嬢様なのが普通なんだから、誰もが普通になっちゃうわけ。 そんな環境で堂々と(?)浮いていられる城戸さんの方が特殊なのよ。 そんな私だから、当然、城戸さんと直接言葉を交わしたことは ほとんどない。 同じクラスにいるけど、城戸さんは私の名前も知らないんじゃないかな。 それでなくても 城戸さんは、お仕事の都合とかで お休みが多いし。 彼女、4月は 出席日数の半分も登校してない。多分。 出席日数ぎりぎりどころか、全然 足りてないと思う。 でも、勉強はできて、大抵の科目で 満点を取ってるらしい。 高校なんか通う必要ないんじゃないかってくらい優秀。 私は、お嬢様レベルは もちろん、たった一つの取り得だった勉学の分野でも、城戸さんには敵わなかったってわけ。 私が城戸さんに勝てるのは物理くらいかな。 城戸さんは、文系科目理系科目を問わず、何でも優秀なんだけど、なぜか物理だけは壊滅的に成績が悪い。 平均点をとるのがやっと――ってくらいらしい。 数学はできるのに物理が駄目っていうのが、私には理解できないんだけど、実際に そうなんだから、私が不思議がったって どうにもならない。 つまり、私は、容姿は平凡、“家”のレベルも中の上。 でも、成績は いい方だし――自慢するわけじゃないけど、総合で城戸さんの次席につけてる。 主席と次席の差は かなり大きいらしいけど、とりあえず。 だから、その気になれば、城戸さんの お取り巻きメンバーには なれるくらいのポジションにいたと思うんだけど、彼女は お取り巻きを作るタイプの女王様じゃなかったのよね。 19世紀の大英帝国よろしく 栄光ある孤立を守るタイプ。 別に私も彼女の お取り巻きに引き立ててもらいたいわけじゃなかったから、それはそれで構わないんだけど。 とにかく、そんな感じ。 同じ学校の生徒で 学年もクラスも同じなのに、私にとって城戸沙織さんは別世界、異世界の人だった。 卒業するまでに、挨拶以外の会話を交わすことがあるのかどうかも わからないくらい。 だからね。 学校以外の場所で――しかも、学校から遠く離れた場所で――彼女の姿を見掛けた時、私は、本来の生活テリトリーから外れた場所で 異世界の住人と偶然 出会うなんて、すごく奇妙なことだと思ったのよ。 |