城戸さんの別荘は、ほんとに宇宙船だった。 見たことのない計器が並んでる円盤状の建物だったとか、そういうことじゃないわよ。 そういう意味でなら、城戸さんの別荘は、間違いなく 地球人の建築家が 地球人の建築技術で 地球人のために建てた建物だった。 ここは本当に宇宙船の中で、私は宇宙人に拉致されたのかもしれないって、私が かなり本気で思ったのは、建物自体じゃなく、その建物の中が 私にとっては異世界だったから。 ええ。そこが異世界でなくて何だっていうの。 私が拉致された城戸さんの別荘。 そこには、瞬さんの他に、男の子が三人もいた。 どれも 個性的で すこぶる付きの美形。 中の一人は金髪碧眼。 拉致されてきてよかったって、私は 心の底から思ったわよ。 彼等は、女王様の お取り巻き――なのかな? こんな美形揃いの お取り巻きがいるから、城戸さんは 学校では お取り巻きを作らないのねって、私は ごく自然に納得した。 それは そうでしょう。 こんな美形たちを見慣れてる人が、何が嬉しくて 二段も三段もレベルの落ちる 別のお取り巻きを作らなきゃならないっていうの。 一玉5万円のマスクメロンを食べ慣れた人間に、スーパーで売ってる500円のプリンスメロンが味気なくて食べられないのと同じよ。 それが幸せなことかどうかは、全くの別問題。 「こちら、友野さん。沙織さんと同じクラスの、沙織さんのお友だちだよ」 白百合の君こと瞬さんが、妙に嬉しそうな笑顔で、私を美形の宇宙人たちに紹介してくれた。 「沙織さんの お友だち? それは……心から歓迎しますよ」 落ち着いた声音で そう言って、静かに微笑んだストレートの黒髪長髪が紫龍さん。 端然とした日本的美形。 男の人の長髪って、マンガの中では綺麗でも、現実では不潔――っていう私の思い込みを、彼は見事に粉砕してくれた。 何なの、シャンプー&トリートメントのCMに出演させたいような、このツヤ髪は。 「沙織さんのオトモダチが務まるなんて、すげー大物じゃん」 癖毛というより、滅多やたらに自由奔放な髪の砕けた口調は 星矢くん。 明るい元気玉。ちょっと前の少年マンガの典型的主人公タイプ。 「瞬。なぜ、こんなものを拾ってくるんだ」 来客を きっちり無視して、自分の不機嫌を隠すことなく、瞬さんに文句を言った金髪碧眼が氷河さん。 王子様っていうより、気位の高い大貴族の貴公子って感じ。 いいわ、いいわ。 愛想笑いの一つも見せてくれないところに、めっちゃ 萌える! 「氷河……!」 私は氷河さんの不愛想に大喜びだったんだけど(別にMじゃないわよ)、瞬さんは 氷河さんの態度に慌てて、たしなめるように彼の名を呼んだ。 でも、発せられた声は、会議の議事録みたいに なかったことにはできないわけで。 確かに、普通に考えたら、氷河さんの態度は すごく失礼だけど、はっきり迷惑と言われた方が、私も気楽よ。 ううん、むしろ嬉しい。 心から歓迎されても困るし、私は そんな大物でもないし。 手土産の一つも持参してない客には、氷河さんくらいで ちょうどいい。 瞬さんが すごく申し訳なさそうな顔になるのが、私には 逆に申し訳なかった。 瞬さんが氷河さんの分も丁寧に、私を客間――それともリビングルームなのかな? ――に案内してくれて、そこでまた 私は美形たちの鑑賞作業開始。 センターテーブルを囲むソファに腰を下ろしたのは、私と城戸さんと瞬さんだけ。 紫龍さんは ドアの前に立ち、星矢くんは東側に向いた出窓の棚に座り、氷河さんはポーチにつながるフレンチドアの脇に待機。 この美形の お取り巻きたちって、もしかして 城戸さんのボディガードを兼ねてるのかしら。 ごく自然に 外部からの侵入口を塞ぐのは。 動作も、かなり機敏だわ。 ちなみに、城戸さんの別荘は ウチの別荘の5倍くらい大きかった。 別荘っていうより、立派な邸宅。 家具も、どこのラグジュアリーホテルかっていうくらい凝ってる。 ウチの別荘はフレンチカントリー風で、素朴で可愛い系なんだけど、城戸さんの別荘は――これはロココ風――ううん、ナポレオン帝政風かな? 同じフランス風で ここまで違うかってくらい違ってた。 そんな部屋で、セーブル焼きのティーセットで、お茶や お菓子をいただくわけよ。 女王様とまではいかないけど、私でも貴族のお姫様になった気分を味わえるわ。 そして、周囲を囲む美形男子。 異世界的宇宙船の中で、私が場違い感に苛まれずにいられたのは、瞬さんのおかげ。 瞬さんは、ずっと にこにこしながら 私を見てて――これだけ常軌を逸して綺麗なのに、全然 お高くとまってなくて、全身から来客歓迎のオーラが放射されてる感じ。 実際、私は 瞬さんに ものすごく歓迎されてたみたい。 「嬉しい。沙織さんは、多分、同年代の同性のお友だちが欲しくて、学校に通うことにしたんです。沙織さんと仲良くしてください」 瞬さんは、まるで 人見知りの激しい我が子が初めて家に連れてきた友だちを迎える母親みたいに嬉しそうに、そう言った。 瞬さんが あんまり嬉しそうだから――城戸さんは、瞬さんの喜び振りに、少し戸惑ったみたい。 「瞬。あなたは私の保護者か何かなの」 「あ……そんなつもりはないんですけど……」 そう言って、瞬さんが 瞼を伏せる。 そんな瞬さんに、少しの間を置いてから、城戸さんは 小さな声で、 「……ありがとう」 って言った。 何が『ありがとう』なんだろ。 とにかく、城戸さん――孤高の女王様は そう言った。 じゃあ、瞬さんが言ったのは ほんとのことなの? 城戸さんが、同年代の同性のお友だちが欲しくて、学校に通うことにした――っていうのは。 でも、そんなことがあり得るかしら。 友だちが欲しいなんて、そんな普通なこと。 特別な人だから、普通なことをしてみたいと思うのかな、それとも。 でも、城戸さんは 他のクラスメイトとの間に、目に見えない高くて厚い壁を作ってるような気がするのよね、私は。 別に、私は、城戸さんに拒否するようなことを言われたわけでも、素っ気なくされたわけでもないけど。 あれ? てことは、壁を作ってるのは、城戸さんじゃなく 私たちの方なのかしら。 全然 そんなつもりはないんだけど。 少なくとも、私は。 「沙織さんは、学校ではどんなふうなんですか」 そんな困惑を胸中に生み始めていた私に、瞬さんが ほんとに城戸さんの保護者か何かみたいに尋ねてくる。 瞬さんに他意はなさそうだけど、気まずさと 躊躇が混じってできる変な気後れみたいなもののせいで、私は、ちょっと語調が弱まった。 「どんな……って、一言で言うと女王様……かな。綺麗で、華やかで、成績がよくて、お金持ちで――王女様っていうより、やっぱり女王様よね」 「沙織さんは、威張ってはいないでしょう?」 「そんなことはないけど、何にもしなくても、どこか近付き難い威厳があって……完璧すぎるからなのかな。どうしても 私たちとは違う特別な人っていう感じがする……」 私が正直に そう答えたのは、私が嘘をつけない いい子だからじゃなく、瞬さんが どんな答えを望んでいるのかがわからなかったから。 どんな嘘なら喜んでもらえるのかが わからなかったからよ。 瞬さんは、私の答えに、もしかしなくても がっかりしたみたい。 城戸さんも、微笑を消してしまった。 「……」 城戸さんが 同年代の同性のお友だちが欲しくて、通う必要のない学校に通うことにしたってのは、ほんとのことなのかもしれない。 そして、城戸さんとの間に壁を作っていたのは、やっぱり私の方だったみたい。 多分、自分が みじめな思いをしたくないから。 意識はしてなかったけど、そういうことだったのかもしれない。 ――帰ろうって思ったのよ。 今すぐ帰ろうって。 意識せずに 人との間に壁を作るなんて、意識して いじめるより ひどいことじゃない。 私、いたたまれなくて――そんな私を引き止めてくれたのは、元気玉の星矢くんだった。 |