「言い訳を用意しておいて、よかった。氷河が 周囲を確認せずに光速移動なんかするから、こんなことになるんだよ」 頭を下げる時は 見事にタイミングが合っていたのに、結局 口喧嘩をしながら、勇猛果敢な女子大生とマチガイ青年は、宇宙人たちの遊戯場である 公園から退散していった。 二人の後ろ姿が完全に見えなくなるのを確かめてから、瞬は やっと全身の緊張を解いたのである。 瞬の叱責は、アクエリアスの氷河に迷惑をかけられた者として当然のものだったのだが、氷河は 彼の理屈で 瞬に反駁してきた。 すなわち、 「常識のある人間なら、たとえ そんな場面を目撃したとしても、目の錯覚だと思うものだろう。あんな非常識な女がいるなんて、常識的な俺は考えたこともなかった」 という理屈で。 もちろん、瞬は、その反駁を、 「非常識なのは、氷河の方です!」 の一言で、即座に却下したが。 「マーマ。パパは宇宙人ナノー?」 瞬の腕から氷河の腕に移動したナターシャが 瞬にそう尋ねてきたのは、彼女が、自分のパパとマーマがアテナの聖闘士だということは知っていたが、氷河が宇宙人だという話は聞いたことがなかったからだったろう。 さすがに、そこまで非常識なものにされてしまうのは氷河が気の毒――と考えた瞬が、微笑でナターシャの疑惑を否定する。 「そうじゃないんだよ。氷河はナターシャちゃんが大好きで、ナターシャちゃんのためになら、何でもするし、何でもできちゃうの。それが、よその人には 宇宙人みたいに すごいことをしてるように見えるんだろうね」 「ナターシャが大好きだから?」 嬉しそうな顔になったナターシャに、氷河は大真面目な頷で頷いた。 「俺が瞬のベッドに光速移動するのも、同じ理由だ」 途端に、瞬の光速の肘撃ちが氷河の脇腹にヒットし、氷河が低く呻き声を漏らす。 黄金聖闘士の光速拳が些少なダメージであるはずがないのに、ナターシャの手前、氷河は懸命に無表情(引きつった微笑)を堅持した。 氷河のその努力に免じて、瞬はそれ以上の攻撃には及ばないことにしたのである。 ナターシャは、氷河と瞬が“アテナの聖闘士”という正義の味方であることを知っている。 瞬が しばしば 氷河に光速拳のお仕置きをしていることには気付いていない(はず)だが、氷河が時折 光速移動をしていることは知っていた。 そして、そのことを よその人に言ってはならないのだということも、(瞬に そうするよう言われたわけでもないのに)ナターシャは わかっているようだった。 ナターシャは、そういう意味では、氷河より よほど常識というものを心得ている。 何よりナターシャは、人間にとって いちばん大切なものが何であるのかを知っている、賢明な子供だった。 「パパが宇宙人でも、ナターシャはパパが大好きダヨー」 「そうだね。それが いちばん大事なことだね」 それより大事なことが、この世界にあるわけがない。 「だから、パパとマーマとナターシャは一緒にいるんだよネ」 「ナターシャは、本当に賢い」 氷河は、彼の娘の賢明と聡明に大いに満足しているようだったが、 「あのお姉ちゃんとお兄ちゃんも、そうすれば 楽しくて嬉しい気持ちになれるよネ」 瞬は、それ以上に ナターシャの優しさと勘の良さを嬉しく思ったのである。 「強くて、面白いお姉ちゃんだったね」 あの勇猛果敢な女子大生が、彼女の大好きな人と一緒にいることで、楽しくて嬉しい気持ちになれるように。 ナターシャと同じ願いを、瞬も願った。 Fin.
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