「奥方を迎えて、守り愛する対象ができれば、ペルセウス様のお気持ちも落ち着かれるのではないかと、僕も思いますけど」 当初は エティオピア王家の事情を何も知らないアンドロメダを好ましく感じていたのに、アンドロメダと過ごす時間を重ねるにつれ、ペルセウスはアンドロメダに自分の事情を知ってもらいたいと思うようになっていた――アンドロメダに、自分の気持ちを理解してもらいたいと願うようになっていた。 知らせるつもりのなかったことを ぽつりぽつりと語っていたペルセウスは、気がついた時には、アンドロメダに 自分の心の中のわだかまりを すべて語り尽くしてしまっていた。 「私の母は 自分の息子を生贄として差し出して、カシオペアという海獣から逃げたんだ。父も そんな母を止めなかった。私は両親に捨てられたんだ」 そんなふうな、これまで言葉にしたことのない思いまで、ペルセウスはアンドロメダに語ってしまっていたのである。 祖母カシオペアの“愛”は、孫の幸福のためではなく、自分が満足するための身勝手なものであること。 娘に逃げられた彼女は、今度こそ自分にだけ 従順な子供を手に入れようとして、その孫を育てた。 彼女が彼女自身の願いを実現するためには、その“子供”は力のない子であった方がいい。自我のない子であった方がいい。 祖母に そんなふうに育てられた自分は、祖母の望む通りの人間に育ってしまった。 それを愛だと思っているから、彼女は質が悪い。 彼女の思惑はわかっているのに、育ててもらった恩があるから、自分は彼女に逆らえない。 こんな無力な男が一国の王なのだ。 私はアンドロメダに同情してもらいたいと思っているのだろうか――? そんな疑念を抱きながら、それでもペルセウスは 自分の心の中にある鬱屈したものを アンドロメダに語らずにはいられなかったのである。 「仮にも一国の王である私が、おまえを拾うまでは、毎日 部屋に飾られる野の花だけが唯一の慰めだったんだ。花は、私を意のままに操ろうとはしないから。ただ美しく可憐に、そこに咲いていてくれるから」 ペルセウスの訴えを聞いたアンドロメダは、彼に『かわいそうに』と同情を示すことも、『今の状況が そんなにつらいのなら、その状況を変えるための努力をすべきだ』と責めることもしなかった。 そんな言葉が思いつかなかったのか、思いついても言うべきではないと考えたのか、それはペルセウスにはわからない。 アンドロメダは ただ、ペルセウスに 思いがけない提案をしてきた。 ペルセウスの部屋に飾られている素朴で健気な野の花を見詰めながら、 「お花を飾ってくれている人を探して、お礼を言ってはいかがですか」 と。 それくらいのことをする自由は、カシオペアに頭を押さえつけられている王にもあるだろうと、アンドロメダは考えたのかもしれなかった。 そんな ちょっとしたことから行動を起こしてみてはどうかと提案し、アンドロメダは覇気のない王の心を鼓舞しようとしたのかもしれなかった。 だが、そんな“ちょっとした”こともできないから、この国の王は欝々としているのだ。 「私が小間使いの誰かに そんなことをしたら――ごく ささやかな好意を示すだけでも、祖母は あれこれ 難癖をつけて、その小間使いをこの城から追い出してしまうだろう」 そうして、この国の王は、素朴な野の花で心を安らげるという唯一の慰めを 失ってしまうのだ。 アンドロメダの提案は、到底 実行できない提案だった。 「祖母は、私が祖母以外の人間を愛することを許さない。ちょっとでも好意を示すと、機嫌を悪くする。祖母が私に言う『妻を迎えろ』は、祖母の意に沿う娘を妻にしろということで、愛する女性と結婚しろということではないんだ。そして、完全に祖母の意に沿った妻というものは、実は この世に存在しない。祖母は自分以外の人間はすべて気に入らない人だから」 ペルセウスに寵遇されているアンドロメダも、もちろんカシオペアは気に入らずにいるのだが、今 アンドロメダを城から追い出すと、城中に流布している噂を肯定することになるかもしれないと、それを危惧して、彼女は そうすることを躊躇している。 何といっても、アンドロメダが絶対にペルセウスの妻になることのできない性の持ち主だから、彼女は かろうじて アンドロメダがペルセウスの側にいることを大目に見ることができているのだ。 女の商売敵は女。 男子のアンドロメダを、ペルセウスの愛を巡ってのライバルと思うことを、彼女のプライドは許さない――のかもしれなかった。 完全に祖母に支配されているような国王に、アンドロメダは同情するのか、情けないと嘆くのか、呆れるのか。 アンドロメダは、それらの どの反応も見せなかった。 ただ 美しく可憐に そこに咲いている野の花のように 微笑んで、 「では、僕が代わりに、その人を探してお礼を言っておきます。カシオペア様には知られぬように、ペルセウス様が とても喜んでいると伝えておきますね」 と言っただけで。 『カシオペア様には知られぬように』というアンドロメダの言葉を聞いた途端、ペルセウスの心は ふいに軽やかに浮き立ってしまったのである。 |