バルゴの瞬は、小宇宙の強大ではなく極小に挑むことを始めたとしか思えないほど、小さく小さくなっている。
へたをすると、瞬は その場で そのまま 消えてしまっていたかもしれない。
そこに、ナターシャを抱きかかえた氷河と、氷河に抱きかかえられたナターシャが やってこなかったなら。
「なぜ おまえ等が ここにいるんだ」
「マーマ、お顔が真っ赤ダヨー」

ナターシャの無邪気な指摘はともかく、氷河の質問は ふざけている。
否、彼の仲間たちが なぜ ここにいるのかを真面目に訝っているらしい氷河の、(一見)クールかつ 落ち着き払った顔と 偉そうな態度が ふざけている。
星矢は、小さく小さくなっている瞬のために、大きな大きな声を張り上げた。
「なぜも 風邪も おはぎもあるかよ! おまえ等が、ナターシャの人生を左右する大問題で喧嘩してるって、ナターシャに泣きつかれたから、俺は 食いかけの あんパンを放っぽって、ここまで駆けつけてきたんだよ!」
「おはぎは どこから出てきたんだ」

実に尤もな疑念だが、氷河は 今は そこに突っ込むべきではなかった。
突っ込まれた星矢が、ますます いきり立つ。
「んなの、知るかよ! おまえと瞬が ナターシャの人生を左右する大問題をネタに、真昼間から 二人っきりで何をしていたのか、たった今 瞬に白状させたところだ!」
言外に『少しは恥じ入って、反省しろ』。

星矢の怒りの訳が わかっていないはずはないのに、氷河の答えは、
「瞬は、ナターシャと同じくらい可愛いからな」
という、火に油を注ぐようなものだった。
油を注がれた星矢が、一層 火勢を増したところに、
「仕方あるまい。瞬が可愛すぎて、怒ればいいのか、喜べばいいのか、泣けばいいのかが わからなかった」
あまりに大量の油を投入されて、逆に星矢の怒りの火種は消えてしまったのである。

ほとんど本能で、その心の赴くままに 人を愛するタイプの氷河には、何よりもまず 愛する対象の幸福の形と意味を深く考えて 人を愛する瞬の愛は、奇跡に似た驚異だったのかもしれない。
その愛に感動した氷河は、実に彼らしく、ほとんど本能で、その心の赴くままに 瞬を愛したにすぎないのだ。
瞬と同じくらい可愛いナターシャが、その小さな胸を痛めていることにも思い至らずに。

無論、黄金聖闘士といえど 完璧な人間ではない。
幼い子供を養育する立場にある大人も――“親”という大人も――誰も 決して完璧ではない。
氷河など“完璧”から最も遠いところにいる男である。
だが、だからこそ。

「氷河ひとりでは危なくて見ていられないし、瞬ひとりでも問題は生じそうだが、瞬と氷河 二人掛かりなら、ナターシャは素直な いい子に育つだろう。ナターシャは幸せになれる」
何より、こんなに不完全で馬鹿なパパを、ナターシャは大好きなのだ。
「アノネ。ナターシャは、パパと一緒にマーマをシアワセにするんダヨ。ソレデネ、ナターシャは、マーマと一緒にパパをシアワセにするのー」
そして、ナターシャは、瞬の薫育を受けて、賢い子に育っている。

幸福な家庭も、理想の家庭も、完璧な人間が集まって築くものではないのだ。
それは、不完全な人間たちが 愛で結ばれ、互いの欠けたところを補い合って、自然に築かれるもの。
むしろ 完璧な人間たちは 何人集まっても、幸福な家庭を築くことはできないのかもしれない。
だから――そう思うから、星矢と紫龍は、その場から 黙って 引き下がるしかなかったのである。

三日後、氷河好みの可愛らしい服と 瞬推薦の動きやすい服の両方を買ってもらって ご満悦のナターシャから 喜びの報告を受け取った星矢と紫龍は、氷河一家の問題解決能力に 少なからぬ不安を抱くことになったが。






Fin.






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