Thanksgiving






その日 城戸邸にやってきた客人は、50は越えていると思われる一人の男性だった。
日本人の その年頃の成人男性としては平均的な身長。
かなり痩せ型。
決して体格が優れているとは言えないにもかかわらず、見る者に頑健な印象を与えるのは、その眼光の鋭さのせい。
肉体の平凡を精神力の強靭で補っているとでも言えばいいのだろうか。
精神力が 完全に肉体を支配している。
ここまで精神力が肉体を超越している人間を、瞬は これまで見たことがなかった。

沙織を その私邸にまで訪ねてくるのだから、社会的地位は それなりに高いのだろう。
その割りに 身に着けている衣服やアクセサリーの類は、安物ではないが最高級品でもなく――その肉体通りに平凡。
眼光の鋭さがなかったら、瞬は彼を 何らかの つてを頼ってグラード財団総帥に援助を求めてきた中小企業の経営者と思っていたかもしれなかった。

自室からラウンジに向かうために エントランスホールを通った際、その客人と目が会った瞬は、『いらっしゃいませ』と言って、彼に軽く会釈をした。
客人が、瞬を凝視してくる。
その視線が、いわゆる一般人にしては あまりにも強い力をたたえていたので、瞬は 彼の様子を観察せずにいられなくなった。
もちろん 1秒にも満たない時間で、瞬は常人が10分 かけて得るだろう彼の外側の情報を取得したのである。
常人(であるはずの)彼は、瞬に“見られた”ことすら認識していないはずだった。
だから、彼が瞬に話しかけてきたのは、案内役のメイドを待つ間の時間潰しなのだろうと、瞬は思ったのである。

「沙織さんには、城戸翁以外、特に近しい親族はいないと聞いていたのですが」
「あ、はい。僕は、この家の居候のようなものです」
「とても優しい、美しい目をしていらっしゃる」
瞬が戸惑ったのは、彼の発言内容ではなく、目上の人物に敬語を使われたから。
しかも、沙織に関することでは普通の丁寧語なのに、城戸家の居候に対しては尊敬語とは、いったいどういうことなのか。
「そんなことは……」

発言内容に関しては――瞬は そういった言葉を、敵からも味方からも言われ慣れていた。
が、実は、瞬には それがどういうことなのかが よくわかっていなかったのである。
瞬自身は、鏡に映る鏡像ででしか、それを確かめることができない。
そして、鏡を通して見る分には、自分の目は ごく普通の目だと思う。
瞬自身は、自分の目より 氷河の青い瞳の方が よほど美しいと思うのだ。
だから 瞬は、敵や味方に 自分の目について言及された時には いつも、完全スルーすることにしていた。
しかし、彼は 敵でも味方でもない。
沙織を訪ねてきた人を無視するのも失礼だろう。
どう応じたものかと悩んでいた瞬の許に、仲間の危機を察知したのか、氷河が飛んできてくれた。

アテナの聖闘士である瞬と、お世辞にも 体格が優れているとは言い難い中年男性の対峙。
決して、瞬を庇うようなシチュエーションではないと思うのだが、氷河は背後に瞬を庇う形で 二人の間に割り込み、か弱い(はずの)一般男性を睨みつけた。
「瞬に 何か用か」
「瞬……。瞬さんと おっしゃるんですか」
一般男性が 氷河の背後に立つ瞬に尋ねてくる。
瞬は、客人の顔が見える場所まで 少し 立ち位置をずらしてから、彼に頷いた。

「あ……はい」
「兄君がおいでですか」
「はい。兄をご存じなんですか?」
「いいえ」
白鳥座の聖闘士という壁を無視して会話を続ける瞬と客人に、氷河は少々苛立ったようだった。
氷河も立ち位置を変えて、また二人の間に立ちふさがる。

か弱い一般人に話しかけられることより、氷河の失礼にこそ、瞬は困らされたのである。
これでは、客人への失礼を謝罪することすらできない。
氷河の登場によって 別の窮地に追い込まれた瞬を救ってくれたのは、城戸邸のメイドだった。
「財前様。お待たせして大変申し訳ございませんでした。客間にご案内させていただきます」
案内されるのは、第一応接室。
やはり、かなりの大物らしい。
最初の一瞥で 一般人にしては鋭すぎる眼光と 瞬が感じた彼の眼差しは、今は、嬉しそうな戸惑ったような――不思議なそれに変わっていた。






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