「俺は! 『おまえは、俺と一輝のどっちが好きなんだ?』と訊かれたら、瞬が困るだろうと思って、あえて『俺と一輝のどっちを いい男だと思っている?』と訊いてやったんだぞ! それが、ろくに考えたふうもなく、一瞬のためらいもなく、『一輝に決まってる』。これほど配慮を欠いた振舞いもないだろう!」 地上の平和を守るために 力を合わせて戦うべきアテナの聖闘士が 内輪揉め。 それも男同士の色恋沙汰で。 その見苦しい事態を治めるために、紫龍は氷河をたしなめたのに、氷河から返ってきたのは、アテナの聖闘士の崇高な責務どころか、地上の平和をも無視しきった痴れ言だったのである。 氷河の勝手な言い分に、紫龍は嘆息を禁じ得なかった。 「おまえが 人に配慮を求めるのは、いくら何でも図々しすぎるだろう」 そもそも 氷河は、龍座の聖闘士が、氷河の立場に配慮して 瞬たちのいないところで仲間を たしなめてやったことに気付いていない。 こんな男が“配慮”という言葉を使うこと自体、“配慮”への侮辱というものである。 「俺は瞬に配慮して、質問内容を変えたんだ。『どっちが好きか』じゃなく『どっちが いい男か』なら、俺の方と答えやすいだろうと、瞬の立場を気遣って。なぜ、瞬は それがわからないんだ!」 わかる方が どうかしている。 ――と 紫龍が はっきり言わないのは、氷河への配慮ではなく、氷河の図々しさに心底から呆れたからだった。 「おまえが『一輝と比べて どっちが』にこだわるのは、自分が 一輝より上位にいるという自信がないからだろう。だから 論点を微妙に すり替えただけのくせして、おまえの その自信は、いったいどこから湧いてくるんだ」 氷河の魂胆は見え透いている。 紫龍には、氷河の立腹も さもしい虚勢にしか見えなかった。 氷河自身には、その自覚がないようだったが。 「自信ではなく、単なる事実だ。あんな むさ苦しくて 暑苦しい男より クールな俺の方が、瞬も 一緒にいて快適だろう」 「夏場ならともかく、秋冬は一輝の方が有利かもしれんぞ」 そして、今は、どう考えても“秋”と呼ばれる季節なのだ。 頭の中が常に春 真っ盛りの氷河は、季節の移り変わりすら目に入っていないらしい。 極めて妥当かつ親切な仲間の助言に、氷河は 躾の行き届いていない犬のように噛みついてきた。 「紫龍! 貴様は いったい どっちの味方なんだ!」 「一輝とおまえなら、どちらの味方にもつかないが、瞬とおまえなら、俺は常に 瞬の味方だ」 「む……」 暫時 氷河が言葉に詰まったのは、彼が 紫龍の判断を誤りと思うことができなかったからだったろう。 つまり、『白鳥座の聖闘士とアンドロメダ座の聖闘士の どちらかの味方をしろ』と言われたら、氷河でも瞬の味方につく――ということ。 瞬の振舞いを 配慮を欠いた振舞いだと断じる氷河も、人として最低限の判断力は失っていないようだった。 とはいえ、氷河が維持できているのは、あくまで 最低レベルの判断力であって、彼の判断力は平均レベルにも達していない。 そして、その氷河は 非は瞬の上にこそ あると 主張し続けた。 「間違っているのは俺かもしれないが、瞬も少しは配慮すべきだ! だいたい 瞬は、俺には瞬しかいないということを知ってるから、いつも強気で余裕に満ちているんだ。何が大人しくて控えめだ。みんな、虫も殺せなさそうな瞬の可愛い顔に騙されているんだ。この地上に存在する俺以外の すべての人間が、瞬の あの可愛い顔に騙されている。瞬ほど ずるい人間はこの世に存在しないぞ。俺は自信をもって断言する!」 つまり、氷河は瞬より可愛い顔の持ち主は、この世にいないと断言している。 その主張が事実に即しているかどうかということは、この際 問題ではないだろう。 恋する男の感性として、それは とりたてて否定すべきものではない――と、紫龍は思った。 瞬の顔立ちの可愛らしさという点に関しては。 今 問題なのは、しかし、瞬の顔の可愛らしさのレベルではない。 「別に ずるくはないだろう」 「可愛いだけで、ずるいんだ。それだけで、瞬には アドバンテージが与えられる」 瞬にアドバンテージを与えているのは、他の誰でもない氷河自身である。 そのアドバンテージは、瞬を可愛いと感じる氷河が 勝手に瞬に与えているもので、瞬が氷河に求めたものではないのだ。 だというのに、 「瞬が謝ってくるまで、俺は 瞬とは口をきかんぞ!」 と、力強く 宣言する氷河の支離滅裂。 「どうして そんな、自分で自分の首を絞めるようなことをするんだ……」 いったい 氷河は、自分が何を言い、何をしているのか、正しく理解できているのだろうか。 なぜ こんな男がアテナの聖闘士になることができたのか。 どうして自分は こんな男の仲間などという商売をしているのか。 いろいろなことに呆れ、疲れ果て、紫龍は 長く深い溜息をついた。 |