幼い二人を過酷な冷戦の中に放り込んだのは、アテナ。
その企みを面白がって アテナに力を貸したのは、クロノス。
その目的は、『互いを思い遣っている幼い子供たちの姿を見て、自分の振舞いを正せ』『自分にとって 何がいちばん大切なのかということを忘れるな』等の教訓を垂れること。
最終目的は、もちろん冷戦の終結。

立場上、アテナに『プライベートに口を出すな』と文句を言うことはできない。
『余計な計略を巡らすな』と言うこともできない。
だが、氷河と瞬が アテナに文句を言わなかったのは、今回に限って言えば、アテナに文句を言うことが恐いからでも、アテナに逆らうことが 畏れ多いからでもなかった。
そうではなく――二人の中に『プライベートに口を出すな』『余計な計略を巡らすな』等の不平や不満が生じていなかったから――だったのである。
どんなに氷河を好きだったか。
どんなに瞬を大切に思っていたか――。
幼い二人が蘇らせてくれた記憶と思いが、今の氷河と瞬の心の ほとんどを占めていたからだった。

「僕は、あの頃も今でも、氷河のこと、大好きだよ。氷河は、いつも優しかった」
「俺は、あの頃も今も、おまえが好きだぞ。おまえは いつも、俺に人の優しさを信じさせてくれた」
「ごめんね」
「悪かった」

感動的な和解。
待望の冷戦終結。
二人の仲直りは、アテナの前で“お手々つないで”と大差ない振舞いだったが、アテナは寛大にも 二人の無礼を許し、
「続きは、二人きりで、しかるべき場所で行なうように」
と指示するにとどめたのである。


知恵の女神ですら、これで氷河と瞬の冷戦は終結したものと考えていた。
世界は 平和の時を取り戻したのだと。

まさか、その1時間後に、
「氷河は悪くないよ。僕の方が悪い。兄さんと氷河のどっちかを選べなんて、無意味で馬鹿げたことを言われて、ちょっと混乱しちゃったの」
「おまえが悪いわけがない。俺の方が悪い。俺は おまえだけを見ていればよかったんだ。俺は、わざわざ一輝なんて余計なものを見る愚を犯すべきではなかったんだ」
「そんな……氷河が悪いなんてこと、あるわけないでしょう。悪いのは僕だよ!」
「おまえが悪いなんて、そんなことがあるか! そんなことを言う奴は、たとえ おまえでも許さんぞ!」
「氷河、なに言ってるの! そもそも一輝兄さんを 余計なものだなんて、兄さんを侮辱しないで!」
「おまえこそ、俺の健気な恋心の発露を“無意味で馬鹿げたこと”とは何だ、“無意味で馬鹿げたこと”とは!」
「実際、無意味で馬鹿げたことなんだから、他に言いようがないよ!」
――で、城戸邸に 再び 戦いの嵐が吹き荒れることになるとは、戦いの女神ですら想像していなかったのである。

『好き』の反意語は『無関心』。
『嫌い』の反意語も『無関心』。
そして、『無関心』の同義語は『平穏無事』。

城戸邸が平穏でないということは、つまり、二人が互いに関心を持ち、意識し合っているということなのだろう。
戦いの嵐は、愛の嵐でもあるのだ。






Fin.






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